テーマ:二次創作 / ギリシャ神話・ミノタウロス

ラビリンス

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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しかし、私の瞼には先ほど映写された星空が恐ろしい程強く焼き付いていた。あの星空、子どもの頃の思い出そのままのあの瑞々しく神々しく懐かしいあの夜空を、みすみす他の誰かに奪われなければならないのか。そんなことに耐えられるのか。
考えようによっては、と私の耳元で誰かが囁く。子どもたちはそろそろ反抗期だ、疎ましがられるお父さんは一時撤退して一人悠々と暮らし、たまにこの豪邸に招いてやれば子どもたちも妻も皆自分を尊敬するだろう。時には適度な距離感を保つことも必要だ。
私はふらりと立ち上がった。

夕闇の薄暗がりで、有希子のけばけばしいピンクのドレスがまるで灯台のようにぽつりと浮かび上がって見えた。
「有希子お」
声を上げたつもりが、調子外れのリコーダーのようにぴいと喉が鳴っただけだった。
「有希子お」
驚いたことに、聞こえる筈もない呼びかけの直後、有希子が振り向いた。
「あなた!」
全身の垂れた肉をばいんばいんと弾ませる有希子は、あれでも全速力で駆けてはいるのだろうがいかんせん、贅肉が邪魔で歩くのと大して速度は変わらない。それでも肉刺が潰れて足を引きずっている私よりはよほど速い――と思ったら、それよりも更に身軽に有希子を追い越しこちらに向かってくる影が二つ。
「俊哉、由香」
「お父さん!」
「親父!」
 ああ、子どもたちに父親扱いされるのはいつぶりのことか。思わず胸が熱くなる。
 しかし何故ここに。今日は部活と塾だったんじゃないのか。
尋ねようにも喉がぴいぴい鳴るばかりで、なかなか文章を喋れない。三文字続けるのが限界だ。そうしているうちに、有希子もぜえはあと息を切らせてたどり着いた。
「どうしたのよ!ちっとも帰ってこないから心配したのよ」
「すまん、負けた」
「馬鹿!」
薄暗い中でも、有希子の目の周りが縒れた化粧で黒ずんでいるのが分かる。その目尻から黒っぽい涙がぼろりとこぼれた。
「お母さん」
 由香が心配そうに有希子に寄り添う。仏頂面としかめっ面以外の表情を見たのは久しぶりだ。
「制限時間は二時間だっていうのにあなただけ帰ってこないし、藤城さんは知らないっていうし、どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「すまん」
「一体何があったのよ!」
「それが」
説明したいのはやまやまなのだが、話せば長くなるのだ。この状態では難しい。
あの時立ち上がった拍子に、尻ポケットから何かがゴツンと床に落ちた。スマートフォンのケースが衝撃で外れて、中に挟み込まれていた写真が傍に落ちていた。

ラビリンス

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