テーマ:二次創作 / ギリシャ神話・ミノタウロス

ラビリンス

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「ご趣味は何か?」
「趣味ですか、いえ特に」
「何もないんですか?本当に?」
これは何も言わない方が不審がられそうだ。慌てて頭を捻る。
「そうですね、ええと、ゴルフと、あとは晩酌ですかね」
「ほう、お酒を飲まれるのですか」
「ああいや、本当にたしなむ程度です、酒には弱くて、はは」
「なるほど、素敵なご趣味です」
牛男は手元のリモコンのようなものを操作した。すると部屋がすっと薄暗くなり、白い壁一面に満天の星空が映し出された。
「これは」
「この家の屋上から見える夜空ですよ。天気さえよければ天の川も視界いっぱいに見ることが出来ます。こんな夜空を独り占めして晩酌なんていうのも乙なものでしょう」
私は返事も忘れて、食い入るようにその画像を見つめた。
先ほどは恥ずかしくて言い出せなかったのだが、私は星を見るのが大好きだ。月食だとか惑星軌道だとかそんな小難しい話ではなく、ただぼんやりと星を眺めるだけで心が洗われるような気がするのだ。
小さい頃、祖母の田舎に里帰りした夏休みを思い出す。街灯やネオンサインなどある筈もない田舎だったので、夜になると本当に濃い墨を塗りたくったような深い闇に包まれた。日中の暑さの残るぬるりとした夜気に汗ばみながら、そっと寝床を抜け出して縁側から見上げた空には無数の星がチカチカと瞬き、今にも見えない大きな手のひらから取りこぼされて落ちてきそうだった。大人になるにつれて忘れていってしまったあの時の胸の高鳴りと純粋な感動を、夜空の星は思い出させてくれる。
東京のど真ん中で、見渡す限りの星を独り占め――なんという贅沢だろうか。日々の疲れなど毎晩綺麗さっぱりリセットされるだろう。
「質問を続けましょう、ご家族は?」
牛男の質問に、私はやっと視線を星空から引き剥がした。
「妻と、子どもが二人います」
「ほう。お子さんはおいくつですか?」
「息子が中学二年で、娘が中学一年です」
そこでふと思う。私の職場はもともと東京なのであまり気にしていなかったが、この家に引っ越すとなれば子どもたちの学校はかなり遠くなってしまう。俊哉は地域の少年野球チームに所属しているし、由香はしょっちゅう友達と遊びに出かけているようだ。家が遠くなったら文句を言うだろうか。それを言うなら有希子だって、駅前の社交ダンス教室に通うのは大変になる。
しかし、と私は不安を振り払った。この豪邸を見ればきっと賛成してくれるだろう。現に有希子はあんなに気合を入れていたではないか。

ラビリンス

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ