テーマ:二次創作 / ギリシャ神話・ミノタウロス

ラビリンス

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 あちこちからドタンバタンと大きな音が聞こえてくるが、この階には人の気配はなさそうだった。ここから捜索を開始することにしよう。一番近いドアを見上げると、何やら奇妙なマークがプレートに刻まれている。丸から二本の触角がにょきっと生えている形が、ゴから始まる四文字の黒い物体に見えてきて、私は慌てて目を逸らして扉を開けた。
 牛男が立っていた。
「え」
「開始から二分十八秒。これは予想外に早いな」
 牛男は、紺色のびしっとしたスーツとピカピカに磨き上げられた革靴という、首から下は至ってまともな姿をしていた。肩幅が広くややがっしりとした体形で、声も低く落ち着いている。しかし首から上は牛だった。よくよく見ればビニール製の安っぽい被り物らしく、喋る度にスーツの襟に押し込まれた接合部分がもごもごと動いている。消耗品からコスプレグッズまで扱う某激安量販店の音楽が私の頭を占領した。安いよ安いよいらっしゃーい。
「それでは改めておめでとうございます。あなたが一着です。こちらへどうぞ」
「はあ」
 とにかく、この珍妙な男が支配人で間違いないようだ。こんなに呆気なく見つかってしまっていいのか?私は唖然としながら、促された先のソファに腰を下ろした。牛男は壁際のデスクの前に座り、ぺらぺらと書類を捲っている。
「ええと、エントリーナンバー十九番の前田和吉さんですね。しかし驚異的な早さでした。どうしてこの部屋だと?」
「ええ、あの、いや、偶々なんですが」
「そうですか、まあ運も実力のうちと言いますからね」
 とんとん、と揃えた書類を片手に椅子をくるっと回し、牛男は私と正面から向き合った。
「それでは幾つか質問に答えていただきます。よろしいですね」
「はい」
 私はもぞもぞと尻を動かして姿勢を正した。これからこの牛男の質問に答えてスタート地点に戻って初めて、このゲームの勝者になれるのだ。まだ気を緩めるには早すぎる。
 しかし、牛男の質問は難問でも奇問でもなかった。
「職業は?」
「会社員です」
「どのような?」
「水道管の整備会社です」
「ほう。それはいいですな。水の需要は決してなくなりませんからね」
それはそうだが整備の受注は熾烈な椅子取り合戦で楽ではない、というのは黙っていることにした。てっきり何かのクイズに答えるのだと思い込んでいたが、これはむしろ身元確認の面接のような感じである。考えてみればこれほどの豪邸をただで譲るのだから、相手の身元を明らかにしたいというのも当然だろう。となれば、あまり自分に不利になりそうなことは言わないに限る。

ラビリンス

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