私とタツヤとノムラ君
深呼吸して、電話に出る。ノムラ君の口から重々しく伝えられた用件は、予感通りタツヤの訃報だった。
タツヤは、虫かごの端っこで、うずくまる様に息を引き取っていた。そして驚いた事に、コトミちゃんも、タツヤに寄り添う様にして亡くなっていた。
「昨日ぐらいから、コトミは随分元気が無くなってたんです。でも、まさかタツヤ君まで・・・」
ノムラ君の言葉には、私のタツヤを死なせてしまった事に対する申し訳なさが滲んでいた。
「良かったですよ。だって、コトミちゃんのいない余生なんて、タツヤだって辛いでしょ」
私とノムラ君は、マンションの敷地内にある、手入れもされず、雑草だらけの花壇に、タツヤとコトミちゃんを一緒に埋めた。私たちは故人達の思い出を語り合う訳でも無く終始無言で、事が済むと、じゃあ、とだけ言葉を交わして各々の部屋に引き上げた。
部屋に戻ると、つけっぱなしのテレビ画面に、一時停止にした映画の一場面が映し出されている。何となく続きを観る気にもなれず、私は部屋の中央に座り込んだ。
タツヤの為に誂えた小型コンテナが目に入る。あの家出以来、結局彼がここに戻る事は無かった。
「ありがとう」
そう呟いた私の頬を、涙が一粒だけ伝った。
カブトムシという接点を失い、私とノムラ君の連絡は完全に途絶えた。たまにエントランスで出くわす事もあったが、挨拶を交わす程度で、特に会話がある訳でも無い。タツヤとコトミちゃんはいなくなり、私とノムラ君は、以前の様にただの隣人同士に戻った訳だ。
秋の気配が色濃くなり、タツヤとの日々も思い出となりつつあったある日の夜、唐突にノムラ君が私の部屋を訪ねて来た。
「見せたいものがあるんです」
扉を開けると、ノムラ君は、コトミちゃんの住んでいた虫かごを胸元に抱えて立っていた。
「見てください」
言われるがままに虫かごを覗くと、土の表面に、小さな真珠の様なたくさんの白い粒が散りばめられている。
「これって・・・」
「コトミが産んでいたんです。今日、虫かごを片付けようとして気づきました」
私は思わず息をのみ、それを見つめた。
「俺、これを育ててみようと思うんです」
「え?」
「ちゃんと、孵化させて、成虫まで育てようと思うんです。だから・・・」
ノムラ君は真っすぐに私の目を見た。
「また、様子見に来てくれませんか?俺の部屋に」
卵の様子を見に?うーん。でも今日の誘いは、以前私を部屋に招いた時と少しニュアンスが違う気がする。これはもしや・・・。
私とタツヤとノムラ君