テーマ:一人暮らし

私とタツヤとノムラ君

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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駅前の遊歩道を抜け、一軒家の立ち並ぶ住宅街に差し掛かると、セミの鳴き声はいよいよ大きくなった。深夜だというのに外気は依然蒸し暑く、少し歩いただけでも、じわりと汗が噴き出してくる。自分の髪や服から立ち上るタバコの悪臭も手伝い、私の不快感は極限に達しつつあった。
 会社の同僚達からは、大体月一ペースで飲み会に誘われる。彼氏もおらず、仕事後に習い事や趣味の用事も無い私はいわゆる暇人で、今年の四月に入社以来、全ての飲み会に参加していた。別に酒好きでも無ければ、普段の仕事における円滑なコミュニケーションを図る為、同僚達と親睦を深めておこうという真面目な目的がある訳でも無い。
 単に人恋しいのだ。
 私は就職を機に生まれ育った佐賀から上京し、慣れない東京で人生初の一人暮らしを始めていた。まだ東京に友達はおらず、会社が休みの日などは、誰とも口を利かずに一日を終える事も多い。仕事のミスで落ち込んだ時や、体調が悪い時などは、一層孤独が身に染みる。
同僚には、気になる異性はおろか、仕事の枠を超えて交流を図れる様な同性もいない。つまり、いくら飲み会を重ねたところで根本的な解決には繋がらないのだけれど、それでもやはり、同世代と他愛のない話題で盛り上がる「飲み会」というシチュエーションは、孤独を忘れるのに打ってつけで、その居心地の良さに、いつも帰るタイミングを逸してしまうのだ。
「誰もいない家に帰ると、寂しくってしょうがないんだよね」
 と、私は同僚のヒロミちゃんに打ち明けた事がある。
「犬飼いなよ、犬」
例え私が年頃の女子であろうと、「彼氏作りなよ」などとノリで口にしたりはしない。ヒロミちゃんはリアリストなのだ。彼女は私のキャラを踏まえ、実現の見込みがありそうなアドバイスをくれた。
 ドアを開けた瞬間、かわいい子犬が尻尾を振りながら飛びついて来る。想像しただけでも癒される。時折、佐賀へ帰りたくなる衝動も無くなるかもしれない。ダラダラと飲み会に居残る癖も直るかもしれない。しかし、今私の住むマンションはペット不可なのだ。お金を貯めてペットを飼える物件に引っ越すにしても、近い将来、この孤独な生活が解消される見込みは無い。
 溜息をつき、パンパンにむくんだ脚を引きずる様に歩いていると、私は少し先の路上、街灯が照らし出すスポットに、妙な物体が落ちている事に気づいた。遠目に見る限り、動いている様子は無い。けれどそれからは、落とし物の財布や木片には決して存在しない気配の様なものが感じられ、私は思わず歩調を緩めた。穏やかな向かい風のって、ホームセンターの園芸コーナーの様な匂いが漂ってくる。その物体からなのだろうか。

私とタツヤとノムラ君

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