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十月の訪問者

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「しかもね、なんとオートロック機能付き」
佐保が慣れた手つきでキーを取り出して差し込むと、するすると扉が開く。そのまま向かいのエレベーターに乗り込み“4”のボタンを押す。
「どの階に住むか、最初は迷ったの。もちろん、階数が低いほうが家賃は安いんだけど、結局最上階に決めたの。見晴らしが最高なんだもん」いたずらっ子のように笑う。

「どうぞ。あがって」
日当たりのよい七畳ほどのワンルームだ 。明るいベージュのカーテンに、同系色のゆったりとしたソファ。洋服ダンス、ローテーブル、本棚といった大型家具はすべてマホガニー調の濃いブラウンで統一されている。
「ベージュをベースカラーにして、ブラウンとグリーンを差し色にしてるの」
テレビ脇に置かれた観葉植物が雰囲気づくりに一役買っている。ツルツルと白い幹にやわらかな緑の葉。隣駅のデパートで一目ぼれして購入した、ゴムの木だという。
グラスに並々注いでもらったミネラルウォーターを乾いたのどに流し込みながら、改めて部屋を見渡してみる。確かにとてもセンスが良い。 
想像していたより、すっきりと片付いているのも意外だった。「もっときちんと片付けなさい。これじゃあお嫁さんにいけないわよ」なんて散々文句を言うつもりで来たのに、これでは調子がくるってしまう。

「これ、なんだと思う?」
「……梯子?」
「そう。これで二階に上がれるの」
背後を見上げると、確かに天井部分にスペースがある。
「もしかして、ロフト? 初めて見るわ」
「いつも上で寝てるの。ね、昇ってみない?」
「昇れるかしら。階段が急で怖いわ」
 言葉とは裏腹に、はしゃいだ声が出てしまう。
「ロフトの窓から富士山が見えるの」
「富士山?」明子はびっくりして訊き返す。
「ここから富士山が見えるの?」
「そ。今日みたいに晴れた日はね。毎朝起きると、まず窓を開けるの。富士山が見えたらその一日はツイてる日」
「今日は?」
「わかんない。約束の十五分前に起きて、慌てて支度したから」
「まったく、あなたって娘は……。そんな調子で、会社に遅刻しないでよ」
「ハイハイ、分かってますって」
そう言うと、佐保はさっさと梯子を昇ってゆく。
「お母さん、早くー」
「いま行くわ」
梯子に手をかけると、みしっと重たい音がして、明子の心臓はどきりと跳ねる。
「ああ、怖い。佐保ったら、ずいぶん素早く昇れるのね」
「慣れちゃえば楽勝よ。それに、隠れ家に出入りしているみたいで割と楽しいのよね」

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