テーマ:お隣さん

ナイト

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

拓馬くんは私が抱える物を不思議そうに眺める。写真立てを渡す。
「あ。ナイトくんですね」
笑顔になる。
「これがナイト」
私は白い陶器の壺を掲げて見せる。
「――え?」
「ナイトはもういないの」
「え、いや、だって……」
「拓馬くんが来る前からいないの」
「……」
それならあの猫は――?
拓馬くんの表情がそう問いかけてくる。戸惑いながら骨壺に手を伸ばしてくる。と、その瞬間、黒い影が私たちの間を通り抜けた。
「あっ」
二人同時に零れるような叫びを上げる。
 骨壺が私の手から離れた。落ちながら蓋が外れ、中身が舞う。薄紅の――ほとんど白と見紛うほどの桜の花びら。壺いっぱいの。
小さなつむじ風が花びらを空へと連れて行く。
なにが起きているのかわからない。けれども私は花びらが昇っていく空を見上げて叫んでいた。
「ナイトーッ!」
ニャー。
ご機嫌に甘える声が返ってきた。いや、そんな気がしただけだろう。空耳に決まっている。
拓馬くんが呟いた。
「ナイトくんの声、初めて聞きました」
驚いて拓馬くんに視線を戻すと、花びらが一枚彼に貼り付いていた。日に焼けた喉元にハート形の白い花びら。
私はそっと右手を伸ばし、彼の花びらを摘まみ取る。
私の指先でふたりの視線が重なる。
風が吹く。
最後の一枚の花びらが空へと昇っていく。
花びらが消えた私の右手は、少し汗ばんだ手に包み込まれた。


夜が新しい朝を連れてきた――。

ナイト

ページ: 1 2 3 4 5 6

この作品を
みんなにシェア

5月期作品のトップへ