ひとりぐらし二役
次の休日、私は久しぶりにショッピングに出かけた。緊張に口元を強張らせながら私が入ったのは、普段なら絶対踏み入れないようなお洒落なお店。わがままで傍若無人でいつも腹ペコな私の姉、という設定の空想の人物が着そうな服を探しに来たのだ。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお求めでしょうか?」
「……わがままで傍若無人でいつも腹ペコな私の姉が着そうな服はありますか?」
「は?」
「……すいません。なんでも、無いです」
不思議そうに首をかしげた綺麗なお姉さんに頭を下げて、私は何もなかったように装って服を眺める。私ってばなんてことを口走っているんだろう。最近、口が緩み過ぎている。さりげなく自分の口の端をつねりながら、目の前の服の値段を見る。ゼロが一、二、三、四……。
あまりの高さに後ずさりしかけるものの、自分の心を叱咤激励する。
私は姉を作るって決めたんでしょう!
気合を入れ、目の前の服を手に取ってレジへと向かった――
「ありがとうございました~」
店員さんの爽やかな声を後に、私はいままで感じたことの無い重みを服の入った紙袋から感じていた。
あんなに高いのに、買っちゃった……。
握りこぶしを作って、私は意気揚々と家への道を行く。私はやってやるのだ!
家に帰ってからまず初めにやったのは、すっかり埃をかぶって曇ってしまった姿見を引っ張りだしてくることだった。タオルで軽く表面を拭いてから、さっそく服を着替える。
明るい色のワンピース。ちょっと裾が短い。普段の私なら、絶対着ない。
「髪型も、ちょっと変えようかなぁ」
いつも一つにまとめてしばっている髪も下ろしてみる。肩をサラサラと撫でる感触が慣れないのにも耐えて、鏡の前でもう一度自分の姿を見る。いつもの私と全然違う、と思う。
「これでお隣さんに会えば、私のことをお姉さんだと思って……」
そこまで考えてはたと気づく。いつも会うのは偶然で、私は連絡先も何も知らない。どうやってこの格好でお隣さんに会えばいいんだろう。
お隣さんが家から出てくるタイミングで私も出るとか。でもいつ出てくるのかわからないし。もしかしたら一日中家から出てこないことだってあるわけだし。
自分から、行くしかない。何か手土産でも持って。
その時の私の頭はちょっと壊れていたと思う。どうしてそこまでしてお隣さんに会おうとしたのかわからない。それでも、以前友達からもらったお菓子の詰め合わせを片手に私はお隣さんの家のインターフォンを押していた。
ひとりぐらし二役