ひとりぐらし二役
しばらくソファの上でぐだぐだごろごろと寝転がってから、仕方がなく立ち上がる。お腹が空いてはしょうがない。
着替えないまま寝転んだせいでシワがついたシャツを手で適当に伸ばしていると、ふと窓が目にはいった。私の部屋の窓。洗濯物を干すベランダにつながる窓。夕方あたりになるとまぶしいくらい光が入ってくるあの窓。その窓が無防備にも半開きになっていた。
そういえば、朝に寝坊して急いで洗濯物を干した気がする。全部干し終わった後、慌てて家を出て、その時に窓はちゃんと閉めていったかしら……。その答えは、目の前の半開きの窓が物語っている。
全てを理解した瞬間に、私はぴしゃんと窓を勢いよく閉めた。だらだらと嫌な汗が背中を流れている。
さっき大声で私が言っていたこと、隣近所に聞こえてたかな。そんなに壁も薄いわけじゃないし、隣の人が窓を開けっぱなしじゃなかったら私の声だって聞こえていないはず……。そのはずなの。そうであって!
頭を抱えてうずくまる私の事なんて、お構いなしにお腹はぐうぐう鳴る。悩むのは後回しにして、私はのそのそと立ちあがった。今日の晩御飯は冷凍パスタ。お手軽レンジでチン。
電子レンジの中でくるくる回るパスタを眺めながら、私は神様にお願いをした。
お願いします、どうかお隣の人が何にも聞いていませんように。
壁に預けた頭が重かった。
翌朝、神様に私の願いは拒否された。
家を出た瞬間に、いままでにも何度か顔を会わせたことのあるお隣さんと鉢合わせた。私とほぼ同い年ぐらいのその青年は、愛想の良い笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。
「おはようございます、良いお天気ですね」
「……おはよう、ございます」
私はぺこりと頭を下げて小さい声を返すだけ。
まさか会うとは思わなかった。いつもは外の様子を扉越しに確認して、誰もいないとわかってから出るのに。今日は気を抜いてしまった……。
青年は挨拶をしてそのまま去ってくれるかと思いきや、さらに私に話しかける。
「会社帰りはお腹が空きますよね」
「……はい」
こくりと頷きながら、内心は激しく動揺する。どうしてその話題なの? 昨日の私の声を聞いていたの? それとも偶然なの? 偶然であってください!
「僕もコンビニ弁当ばっかりで、最近おいしいもの食べてないです」
「……はい」
「だから僕も、誰でもいいからおいしいものを持ってきてほしいって思います」
偶然じゃなかった。
絶対にこの人、昨日の私の言葉を聞いていたわ。あれだけ神様にお願いしたのに、一つも通じて無かったわ。私は今日から無神論者になるから。
ひとりぐらし二役