さよなら円盤
売れた商品をいち、にぃ、さん、と手早く数えながら、あたしは心からそう答えた。
「ええ仕事してます」
店長が、キッと私の手元をにらみ、
「のろまっ!」
と、いたずらっぽく鼻を鳴らした。
つぎの週末、お見舞いと退院祝いを兼ねてということで、ダイオン担当であるあたしは、社長に「お呼ばれ」した。待ち合わせの芦屋駅前にやってきた社長は杖をついており、うまくろれつが回らず喋りづらそうではあったが、
「やぁ、お嬢さん、しばらく」
と、変わらぬ笑顔で片手をあげた。社長の自宅は、芦屋六麓荘の豪邸群を抜けた先の高台に、せり出すように建っていた。ダイオンの店舗から独立して、社長が建てた家だという。社長の父も、晩年はこの家で過ごしたそうだ。客間へと続く階段の壁には、家族写真がずらりと並んでいる。社長の手を引く奥さんに導かれ、あたしはゆっくりとそれらを眺めながら階段を上がった。
社長が子どもの頃の家族写真。いまの社長によく似た父親と、ワンピース姿の母親、つなぎに半ズボンの社長に、そのおさがりらしき服を着た弟。ダイオン・レコード創業時の写真。看板には、「ドーコレ・ンオイダ」と右から左に文字が踊り、若い社長の父親が、入り口に手をついてポーズを決めている。弟と肩を組む社長の写真。店で撮影したのか、背景のカウンターには、レコードが積まれている。『Imagine』も、この中にあるだろうか。目を凝らしてみたが、わからなかった。
「思い出の、ポートレートや」
社長は、「ポートレート」を、「ポオトレイト」と発音した。
「もう潮時やねぇ」
奥さんが紅茶のカップをとんとんとんと置き、息をもらした。社長が、泣き笑いのような顔でうなずく。左の口角を上げるのが困難なようで、頬がひきつっていた。「もう潮時」という奥さんの声には、諦めに似たさびしさがあった。しんとした夕暮れのさびしさが、芦屋を、この家を、あたしたちを覆っていた。
ダイオン・レコードが営業中止となるのは、九月はじめとのことだった。
「すまんなぁ。こんなことになってしもて」
新譜受注のあと、店長は、心底憔悴しきった様子で頭をかいた。もとからひょろっとしていた体が、さらにひょろひょろっとなってしまったようでよるべない。レジ奥には、発送用伝票が散乱しており、ちびた鉛筆が床に転がっていた。店長をのぞく正規スタッフは、次に入るテナント 大手CD・DVDチェーンだ にそのまま採用されることが決まっていた。店長は、二人もいらない。
さよなら円盤