テーマ:ご当地物語 / 神戸

さよなら円盤

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 「ここの焼きたてマドレーヌは、関西でいっちゃんうまいんやで。たまに駅前の百貨店に出店が来んねん。寄ったら、ちょうど焼きあがり時間やったから、買うてきたんや。あんたも、神戸いるうちに、ちゃーんとうまいもん食べとかなあかんで」
 どうせ新人や、すぐ本社に戻されるやろ、うつむき加減に店長はつぶやいた。
 「あんた、前半でCD何枚売れたか、控えといてくれた?」
 「あ、忘れました」
 「このぼけっ」
 店長はパイプ椅子を蹴り、積み上ったCDをいちにぃと数えるあたしに、さらに
 「のろま」
 と浴びせた。

 週明け月曜日、朝一番に営業所にかかってきた電話がダイオンの運命を変えた。
 「社長、倒れたって」
 電話を切るなり、部長が深刻な面持ちでフロアの皆に告げた。全員の視線が、あたしに注がれる。うそだ。だって、昨日、私は社長とバーッムクーヘンの店で。
 「昨日の夜中、脳卒中。命に別状はないらしいねんけど、しばらく入院やって」
 部長はひとりごとのように、これはやっかいなことになったで、とつぶやき、ダイオンの即売等の売り上げが全て清算されているか確認するよう私に言い残すと、携帯電話片手に低い声で話しながら、フロアの外へと出て行った。
 先輩が、耳元でつぶやく。
 「ダイオン、もうあぶないかもわからんで」
 「うそ」
 「社長といっしょにお店がぱったりいくのは、地場店ではようある話や」
 引き継ぎで、「赤紙」の記入方法を教わったあの日、記入済みの赤紙がまとめられたバインダーを開くと、一番上は先輩の書いたものだった。
 「ダイオン尼崎店」
 それをめくると、やはり先輩の字で「ダイオン西宮店」、一枚めくって、「ダイオン甲子園店」と続いた。どの赤紙も、止め跳ね払い、とても丁寧に記入されていた。
 『来週末は、ぼくと北部へ遠足やで』
 本当に、遠足を待つ子どものような、心躍らせた様子だった。

 社長は倒れたが、しかし週末はやってくる。北部の巡回公演はある。「社長とのドライブ」は、ましではない方の、「店長とのドライブ」になった。即売用のワゴン車の中には、店長の作りかけのフィギュアやらが何体か転がっており、後部座席には、CDのぎっしり詰まった段ボール箱が積まれていた。積載量オーバーじゃないだろうか。というか、後ろの窓が見えないのは、大丈夫か。
 「とばすでっ!」
 店長は窓全開で怒鳴り散らしながらクラクションを連打し、車線変更を繰り返した。片道三時間ときいていたドライブは一時間もまき、会場に着いたのはお昼前だった。商品の陳列を終え、即売用の椅子にぐにゃりとへたりこむ。

さよなら円盤

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