テーマ:ご当地物語 / 神戸

さよなら円盤

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 好きでレコード会社に就職したわけじゃなかった。
 とにかく早く就職活動をおしまいにしたくて、一番早く内定が出た企業に決めた。だから、知らなかった。東京本社のほかに、関西に営業所があったなんて。ひとり「関西営業所」の内辞を受けた時は、耳を疑った。地元東京から片道切符を握り締め新幹線に乗り込んだ日は涙が止まらず、到着する前から東京本社へ戻ることばかり考えていた。
 営業の仕事は、月ごとの新譜受注のほか、コンサートホールでの即売、休日の発売記念イベント、握手会の取りまわし。特にCDの即売は、販売店にとっても、会社にとっても、大きな収入源となる。
 土曜日。神戸元町のコンサートホールで、最近よくテレビで見かける俳優だか歌手だかのイベントが二回まわしで催されることになった。手早く特典ポスターを巻いていたら、親指と人差し指のあいだを切ってしまった。
 「あーあーへったくそやなーもう。しわだらけやんか。ポスターあと百枚巻かなあかんのやから、はじめっから絆創膏はっとき」
 店長が、おばちゃんのクレームはほんま厄介やねんから、とぶつぶつ言いながら、あたしの手からポスターを取り上げると、器用に巻きあげ輪ゴムをかけて、空箱にぽいっと差し込む。さすが即売もこなすカリスマ店長、あざやかな手つきだ。CDショップ「ダイオン」の店長は、金髪に白髪交じりの、ひょろっとしたおじさんだ。
 「ええか、ダイオンの店長はな、ピーターパンや」
 引き継ぎにあたって、先輩が大真面目に言った。
 「見た目はおっちゃんやけど、心は少年のままなんや。ほんで、あんたは、ティンカーベル。ピーターパンのよき女房役として、時にわがままにつき合い、時になだめすかしてやらんといかんのや」
 先輩は自分の比喩に満足したようで、腕を組みしきりにうなずいていたけれど、ピーターパンは、心も体も少年なんじゃないかと思う。
 (めんどくさ)
 あたしは思った。
 店長が切り盛りしているCDショップ「ダイオン」は、三ノ宮駅直結の百貨店内、五階のはしっこにある。かつては「神戸でレコードといえばダイオン」と言わしめ、かつてはビデオレンタル事業にまで手を広げていたそうだけど、近年のCD不況の波を受け次々と店をたたみ、いまは三ノ宮店と、神戸本店のみだ。実は、本店の店舗スペースも今はない。コンサートなどの即売を請け負う機能だけを残し、商品の詰まった段ボール箱や店長の作りかけのフィギュアだらけの配送事務所および、社長の書斎なっている。アーケード街に面したかつての店舗スペースは、全国チェーンのビデオレンタルショップになっていた。

さよなら円盤

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

5月期作品のトップへ