テーマ:一人暮らし

東京クロワッサン

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 「いいんだよ、わかんないんだもん。新宿でやってた美容師の求人フォーラムみたいなの行った訳。すげえいたの、美容師。当たり前だけど。でも、わかんないけど、ぜーんぜん惹かれないんだよね」
 僕は彼に向けていた体を机の方に戻して、もう一度突っ伏した。
 「いつまでたっても、自分がどうしたいのかわかんないんだよ。こんなはずじゃないって思っているんだけど」
 「こんなはずじゃないって?」
 「ただ、生きて、死んでいくだけ、ってこと」
 なにが?といった顔で、やつは僕を見ていた。それでいいんだよ、僕だって、なにが言いたいのかすらよく分かってないんだから。


 地元についた時には、もう街は薄いネイビーのリネンに包まれているようだった。改札をでて階段を降りると、なんとなく夏祭りの匂いがしていた。僕はすぐに「きょう、まつりやってる?」と、地元仲間に連絡した。
 「わかんない!」数秒ほどで返信がきた。みんな、そうだよな。そういうものなんだ。
 「とりあえず、おまえん家いくわ」と、僕はまたすぐにメールを返した。
 「いま、仕事中!」なるほどね。「22時に家着く」続け様にメールをよこした。

 こいつとは、幼稚園のときから中学校のときまでずっと一緒で、家も目と鼻の先にある。そんなに近いなら帰ればいいじゃん、と良く母親に言われたものだけど、頻繁に入り浸ってはそのまま朝になっているパターンが多かった。気が付くと、天井が低くなぜだか煙たい正方形の部屋で節々を痛めながら目を覚ますのだけど、そういう馬鹿らしいことが17歳の僕にとっては大事なことで、灰色味を帯びながらも”青春”と呼べるものだった。
 「くせえなお前の部屋、やっぱり」
 「まじかー。仕事場にやばいくさいオヤジがいるんだけど、ぜってーそいつのせいだべ」
 昔からくさかったよ?とおどけながら、何をするわけでもなく僕らはくだらないテレビを眺めていた。
 真新しい24型の薄型ディスプレイの中では、無駄に大きいテロップだけが連打されていて、無機質な笑い声が「いまだよ」と言わんばかりに盛り上がるタイミングを指定している。ふと、ワイプで切れ長の目をした女優が抜かれているのを見て、昼間の衝撃的な体験を思い出し、僕はなんとなくソワソワし始めていた。
 「仕事、楽しいの?」
 聞いたことなかったけどさ、と聞こえるか聞こえないくらいに付け足した。興味があるのかないのか、はっきり言って僕自身もわからない。

東京クロワッサン

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