住む記憶
「やっぱそうなのかなぁ。でも、今どき隠せるもんかなそういうのって。だって調べればすぐわかるじゃん。大手の不動産屋だしさ、そんなバカなことするかなぁ・・・」
僕はおにぎりに海苔を巻きながら言った。
「何にしても確認した方がいいって。どうしてすぐ連絡しないんだよ?」
「・・・うん」
直人は俯いた僕の顔を覗き込んできた。
「お前さ、嫌じゃないの?」
「え?」顔を上げると、そこに彼の訝しげな表情があった。「嫌、って?」
「だから、幽霊が出るような部屋」
「ああ、まぁ、嫌は嫌だけど」
「けど?」
「や、なんか思い返すとそれほど・・・もしかしたら害はないものなのかもなぁって。また現れたときに考えようかと」
「なんだよそれ。つーかすぐにそこ出て行こうとしないのがわかんないって。気持ち悪くないの?」
「うーん・・・でも、気に入ってるんだよね、あの部屋」
「は?」
「子供のときからのさ、大人になって一人暮らしするならこういう部屋がいいっていう、理想のまんまなんだ」
「探せば他にあるって」
「十畳の正方形ワンルームロフト付き?同じくらいの家賃で?同じくらい良い立地条件で?」
「・・・お前面倒臭いな。したければ勝手に幽霊と同居しろ」
「うん。検討する」
「うわー」直人は呆れたという風にため息をついた。「わかった。今日泊りに行く」
そう言って直人は僕の肩を叩いた。彼に何がわかったのか、僕にはよくわからなかったが、断る理由が特になかったので、泊りに来てもらうことにした。直人はその後もサンドウィッチを頬張りながら、しつこく不動産屋に連絡しろと言ってきた。だから僕は自分よりは彼の為に、電話をかけた。しかし案の定、事故物件である可能性はほぼないだろうと言われた。
『気になるようでしたら、一度前任の者とも話をしてみてから折り返しましょうか?』
担当の浦和さんが言う。
「ああ、はい。お願いします」
『あの、ちなみになんですが』
「はい」
『その、瀬良さんは・・・いわゆる、そういう、方なんですか?』
浦和さんは急に、内緒話を耳打ちするような口調に変えてそう言った。
「え?そういう?」
『その・・・見える、というか』
彼の質問の意味を理解して、「いいえ」と即答すればよかったと思った分黙ってから、結局「よくわかりません」と答えた。
アルバイトを終えた直人が僕の部屋にやってきたのは、十九時を少し過ぎた頃だった。それまでには何も起こらず、浦和さんから折り返しの連絡もあって、やはり僕の部屋が事故物件である可能性は絶対にないと言われた。
住む記憶