鈴木優香は、この春に異動になった部署での飲み会で、独身男性の若本博文との仲を取り持とうとする先輩に、面白い話をしてと言われて短大生のときにひょんなことから始まったお隣さんとの文通について話し始める。話し終えるとこちらを見つめる若本と目が合い、お隣さんが若本であることを知る。
SEの桐橋祐司は、異動で配属された先の静かさを寂しく感じていた。ある金曜日、訪れた店の店員と話していると、彼女はなぜか不思議な表情をする。「明日は楽しみですね」。翌日、祐司の部屋の外から、子どもの声が聞こえてきた。
家族で今暮らす家へ引越して五年の間、私は両隣さんと挨拶をたまにするていどの付き合いだ。学生時代吹奏楽部にいた私は、結婚をした当時住んでいたマンションでトランペットを吹き、隣人から苦情を持ちこまれた。以来楽器とは疎遠となった。最近隣りの高橋さん家からトロンボーンの音が聞こえてくる。
三十路目前の丸山美紀は、男っ気もなく、家と会社の往復の日々。そんな折、超イケメンの沢井陸が隣に引っ越して来た。美紀は好意を持つが、隣から愛の言葉が聞こえる。恋人か? と思いきや、陸が役者の卵で、「ロミオとジュリエット」のセリフ練習だったことがわかり、壁越しにセリフを言い合うようになる。
〈私〉は人とつきあうのが苦手で近所づきあいもない。というか、このあたりの家はみんなどこか冷めている。ボケが進行している母との暮らしは疲れるばかりで、いつのまにか自分が、年齢以上に老いてしまっているのを感じる。母と死に向かっていく日常のなかで、きょうも左隣の家から爆発音が聞こえる。