テーマ:お隣さん

合奏

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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私達家族がここへ家を建て暮らし始めてから早五年が過ぎる。この五年間、両隣さんとも顔を合わせば挨拶する程度で、他にこれといった付き合いはない。まあそんなものだろう。
 右隣の高橋さん家には高校生になる一人娘がいる。しかし隣に暮らしながらほとんど顔を合わすこともない。ちょうど我が家が越してきた時、彼女は小学六年生だった。とても元気な女の子だった。その当時は、ちょくちょく家の外で遊ぶ姿などを見かけたものだが、中学にあがった途端ぱったりと見なくなった。時々彼女は本当に隣に住んでいるのだろうかと、私は疑問に思う。
 朝私が仕事へ向かうため家を出ると、左隣の斉藤さん家の奥さんが玄関まわりを掃除していた。私と奥さんの目と目が合った。
「おはようございます」私は軽く会釈をし挨拶した。奥さんは箒を使いながら会釈を私に返した。言葉は返ってこなかったが、いつもの事である、それほど気にすることもない。斉藤さん家の長男は高校を卒業して以来、何もせず部屋に引きこもっているとの噂だ。次男は有名進学校に通う。旦那さんは商社に勤め海外に単身赴任している。
 ところで私は中学高校と吹奏楽部でトランペットを吹いてきた。大学に入ってちょっと遠のいたが、それでも趣味でたまに一人吹いた。友人に頼まれてジャズバンドで吹いた事もある。まあそんなに上手ではないが、ずっとトランペットを吹いてきた。
 結婚をして賃貸マンションに住み始めた頃である。休日の昼間、私はトランペットを吹こうと思った。うるさいといけないので一緒に暮らす妻に一応断った。
「なあ久美子、今からペット吹こうと思うんだけど良いかな?うるさくないかな」
「ええ私は一向にかまわないんだけど、お隣さんに迷惑かしら。だけど昼間なんだしきっと大丈夫よね」
「お隣さんか、うん、そうだな。うるさいかな?どうだろう。ミュートつければよっぽど大丈夫だよな」
 私はトランペットにミュートをつけ、音を抑え気味に吹いた。隣りから別に苦情もなかった。
 その後休日になると度々私は昼間、マンションの居間でトランペットを吹いた。お隣さんと顔を合わせても、そのことについて別段何も言われず、お隣さんは普通に挨拶を交わしてくれた。今思えば、トランペットの音がうるさくないですかと、こちらからお隣さんに伺っておくべきだった。お隣さんがトランペットの音について何も言わないので私もそれに触れることなかった。
 ある休日の昼間、私がトランペットを吹いていると呼鈴が鳴った。読書をしていた妻が玄関に出た。私は一時トランペットを吹くのをやめた。玄関先から隣の奥さんの不機嫌な声が聞こえてきた。

合奏

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