テーマ:お隣さん

にぎやかな土曜

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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静かな町だとは引っ越したときからの印象だ。
東京から、言ってしまえば田舎の一県に配属されたときから覚悟はしていたが、それにしても静かである。
東京で働いていたころは、夜の十一時を回って外へ出ても、いくらでも店があった。
今では、十一時どころか九時でも店は少ない。
地域環境を考慮して、スケジュールを組んでくれればいいものの、仕事の時計は東京のもので回っている。むしろグローバル化がずっと進んで、外国の時計にでも合ったほうがいい。
もっとも、時計どころかカレンダーだって、祐司の働くウェブ業界では関係ない。特に祐司のようなコーディングを専門とするSEにとっては休日がない。
朝早くから会社へ行き、夜の遅くまで仕事をして家へ帰る。誰とも会わないのも当然かもしれない。
「行ってきます」も「ただいま」も言わない。気楽だが、寂しい一人暮らしである。
店もなく、人もない。
たまの夜に、通りの向こうの総合病院へ出入りする救急車の音が異様に響くが、それにも慣れると、あとは音がない。

引っ越してきて、三週間目の金曜日。ようやく、翌日からの週末は休みがとれることになった。
そろそろ帰ろうかと祐司はパソコンから目を離した。
夜の八時。上手く進むときは、何事もスムーズだ。
作業完了の報告メールを軽やかに叩き打ち、会社を出た。まだ数人が残っていた。彼らはきっと泊まりだろう。後輩が声をかけてきた。「おつかれっす」
「お先に」
愛想よくドアを閉め、集合ビルの外へ出た。コントラストのゆるい雲が流れる、おだやかな夜だった。
せっかくだから、普段は入れない店に行ってみようと駅前を物色した。
ヘタウマな手書き文字の看板が目に留まる。ガラス窓から、仄明るく気取らない和室風の店内が見えた。カウンターは二割ほどしか埋まっていなかった。
扉を開けると、あたたかい声で迎えられた。
そのままカウンターに座り、夕食替わりにつまみをつつき酒を飲んだ。
何も考えずに二時間飲むと、働きづくめの身体が音をあげた。
それでも、「ラストオーダーですが、ご注文は?」と、店員から声をカウンター越しに声をかけられると、「同じのを」と応えた。ビールから始まり、焼酎に変えていた。三十を越してから焼酎が身体に合う。
「お水はいかがですか?」
「あっ、もらおうかなあ」
グラスが来るや、一気に飲み干した。立ち上がると足がふらついた。
レジへ向かうと、店員から心配された。
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気です。ここから歩きですし」

にぎやかな土曜

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