テーマ:お隣さん

にぎやかな土曜

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「こんにちは」
彼女は笑い、またシャボン玉を吹く。
「こ、こんにちは」祐司は挨拶をしてすぐに引っ込む。寝起きのままだし、何より昨日の店員が隣の部屋にいるなんて思いもしなかった。
子どもたちがしゃべっている。
「出てきたよ! ほら見て、見て! 手振ってる!」
病院のほうへ目をやると、病室の窓から、小学生くらいの子どもが手を振っていた。
ベランダの壁越しに彼女が話す。
「すみません、お友達が今月から入院しているんですよ。それで、子どもたちが、ここからシャボン玉を見せるって聞かないんですよ」
なるほど、それで――と、祐司がうなずく前に彼女が口を開く。
「どうも、はじめましてお隣さん。永井です」
祐司は慌てて、また顔を出す。
「は、はじめまして。桐橋です」
相手の顔がすぐそこにあって、また顔を引っ込める。行ったり来たり、我ながらあわただしい。
「ここのところ、毎週末、こうして子どもたちがうるさいからちょっと気にしてたんです。新しく引っ越してきたお隣さんにうるさがられるんじゃないかって。昨日は静かだっておっしゃってましたよね、これ聞いちゃったらそうでもないんじゃないですか? 遠慮なくおっしゃってくださいね」
「大丈夫ですよ、私は気になりませんから」
声がうわずる。変な印象になりやしないか。
祐司はキッチンへ向かった。
ちょっと準備をして、もう一度ベランダに出る。外はまだ子どもたちが話している。
祐司は、「よおし」と心の中でつぶやいた。
そして、手にしたストローに今つくったばかりの石鹸水をつける。ストローを口にし、ゆっくり息を吹き込む。
「あれえ、お母さん! あっちからもシャボン玉!」
「ほんとだ! ほんとだ!」
祐司は微笑み、もう一度吹く。
隣で母親の楽しそうな声がした。
「ほんとねえ、どこから来たのかしら。あなたたちも負けずに吹いてみたら」
「うん!」
また、視界いっぱいに無数のシャボン玉が現れた。祐司もまた吹く。シャボン玉が交差する。
「あっ、ねえ、向こうでこっち指さして笑ってるよ!」
「おーい、おーい」
子どもたちがシャボン玉を吹く。
病院の子どもの声も聞こえてくるようだ。
「にぎやかよねえ」空とぼけた声で、母親が話す。
にぎやかだ。祐司はまた息を吹いた。メッセージを込めて。
こんにちは、お隣さん。

にぎやかな土曜

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