テーマ:一人暮らし

先輩の彼氏

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それからの一時間あまり、私はテーブルのこちら側に座って、聡里さんと、その向いにいるとかいう中本さんの3人?で、ワインをひと瓶、空にした。
「彼、みかけによらず、あまりのめないのよ」
そういって彼女は、私にさかんに飲むよううながした。のめない彼のグラスは、したがっていつまでもワインがみたされたままだった。
「あのう」
「なに」
「中本さんっていいましたね」
「うん」
「私には、見えないんですけど………」
聡里さんは最初、二重まぶたが一重になるぐらい目を大きく見開いた。がすぐ、ふたたびくっきりとした二重の目にもどって、顎骨をきしませるほどの大声で笑い出した。ここは深夜のマンション、いつこらっと怒声がとんでこないかとはらはらしながら、彼女の笑いがしずまるのを私はまった。
「なにいってんのよ。彼、あなたの目の前にいるじゃないの」
からかってるにしては、その顔はあまりに真剣だったので、私もしかたなく、
「初めまして。聡里さんの部下の、山口です」
中本は健康らしい白い歯をのぞかせて笑った。いまどきめずらしい、男らしい男だった。と、私は眼前の空間に彼を思い描いた。
しばらくの間、私は彼とやりとりした。といってもむろんそれは、イメージの上での話だったが。
はじめのうちは、まるで一人芝居をしているかのようで、さすがに照れくさくてかなわなかった。なんども吹き出しそうになったり、収拾がとれなくなって黙りこんだりしたこともしばしばだったが、そのうちじぶんでもなれてきたのがわかると、話の合間に相槌をうったり、愛想笑いを浮かべるのにもそんなに苦労しなくなった。どうして私も役者ねと、自嘲気味に思ったりした。
「泊まっていくでしょ」
敬愛する先輩の部屋で一夜を過ごせるなんて、私は幸せな気持ちでいっぱいだった。
パジャマを借りて、目がさめたベッドにふたたび横になった。
その声がきこえたのは、二時も大きくまわったころのことだった。なれない枕で、しばらくは寝付かれずにいて、ようやくうとうとした矢先のことだった。
それがなんの物音かは、もちろんすぐわかった。男女の間の、性愛からでる声音だった。気にしないでおこうと思えばおもうほど、その欲情にまみれた声は私の耳に絡みついてきた。聡里さんの声にはちがいないのだが、そのはじめてきく生々しい響きに私はおもわずうろたえた。喘ぎの合間に時折きこえる、ああ、秀樹という声をきいた私は、それが聡里さんから教えられた中山の名前だということをおもいだした。

先輩の彼氏

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