テーマ:一人暮らし

64年のビオトピア

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 三人のなかで唯一免許をもっているナモくんが車を出してくれたので、私たちは郊外の大型家具店に足を運んでいた。
「夏江、見てこのまな板。ゴツすぎじゃね?」
 京子が「680円」と値札が貼られたまな板を拳で叩くと、鈍い音がした。片手ではふらつくほどの重量であるそれは、まな板というより木の塊といったほうがしっくりくる。隣で売っている巨大な麺棒を足がわりにつければ、そのままミニテーブルとして使えそうだ。
「カリブーでもさばくんじゃないかな。北欧だし」
 私たちはカートを押しながら家具店を練り歩く。北欧らしい洗練されたデザインに京子のテンションはあがりっぱなしで、清貧を地で行くナモくんもその低価格に興奮しているようだった。とはいえ、大型のソファやテーブルには手がでないので、カートの中は食器スポンジやカトラリーケースなどお手頃な小物で埋まってしまう。
「夏江んちのユニットバス、シャワーカーテンなくね? 買わなくていいの?」京子が花柄のシャワーカーテンを広げて聞いてきた。
「いいの。トイレ洗うときじゃまだから」
「なんだそりゃ」
「俺、これ買おうかな」ナモくんが手元のブリキ製鉢植えを手にとった。
「あっ、いいな。私も何か部屋に植物置きたいって思ってたんだ。これって世話、楽?」
 京子もナモくんのサボテンを覗き込んで声を上げる。
「植物ねえ」私は京子の言葉を反芻する。
「夏江もユニットバスに置けばいいじゃん、これとかさ」
 京子が隣の鉢植えを持ち上げた。ガジュマルだった。
「緑か。いいね」私は答える。植物のある暮らし、悪くなさそうだ。
「トイレのタンクとかに置いたらかわいいじゃん。あ、でも夏江んちのトイレ置く場所ないか」
 ウチにもほんとに置こっかなー、欲しくなっちゃったなー、と言いつつ、京子は500円のガジュマルを物色している。京子の手の中で、親指サイズのガジュマルが微かに揺れた。

 ネット通販で10kgの園芸用腐葉土を注文したのだが、予想に反して全て使い切ってしまった。
 洗面台下の排水口を塞がないように注意して、ユニットバスの床に土を敷き詰めていく。ピンクの床がまたたくまに黒一色に染まった。
 土を敷き詰め終えた私は、黒々とした床にミントの種を撒いていく。ミントは繁殖能力が非常に高く、しばしば増えすぎて農家の人や園芸家を悩ませるのだそうだ。ここは冬でも温度と湿度があるし、もしどうしようもなく繁殖してしまったら土ごと捨てればいい。ユニットバスに撒くにはぴったりの植物である。

64年のビオトピア

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