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隣人田中さん

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「あー、それも、あるのかなぁ。…いや、性格かも。私超受け継いでいるもん。」
お湯が沸いた。
「ありがとう。三角さん、あと座っていていいよ。」
「あ、うん。」
二人掛けテーブルの奥の椅子に座り、ゆっくりお湯を注ぐ田中さんの後ろ姿を見つめた。挽いた豆をドリップすると、また香りが広がった。
「あ~、何か優雅だねぇ。」
テーブルに頬杖つき、うっとりする。また田中さんに笑われる。
「皆、それぞれ生活スタイルあるね。」
壁1枚反対側で、田中さんは時々、この珈琲タイムを過ごしているわけだ。
「外で騒ぐより、家で楽しみたいから。私、結構引きこもりかも。」
お金かからない方を常に優先する私とは、時間の観念が大分違うだろうと思った。

「レポート終わった?」
同じゼミの課題の事だろう。
「うん。私、あの準教授の人苦手…。」
言ってから、しまった、と思った。田中さんは特に「田中、寝ているのか?」と、頻繁に目の細さをからかわれたりする事があった。時々、冗談というには…という様な発言をしてしまうタイプで、授業もあまり充実したものとは言い難い状態だった。本来担当する筈だった教授は、現在入院中だ。
「…まぁ、あの人見ていると…学歴に守られているよなぁと、思うよね。」
テーブルに、いれたての珈琲が二つ並んだ。田中さんも、手前の椅子に座る。
「守られている?」
「もしかしたら学歴社会って、ああいうちょい馬鹿な人達が、保身できる為に作られたのかな?」
「ええ!」
そりゃ、事件だ。
「あんなに人格的にアレでも、勉強さえしてきていれば、そこそこ収入は得られるポジションに付けるじゃん。」
「…そうかな?」
「独創性や発想力無いくせに、情報沢山並べて量で誇示しまくる感じが、何か、さもしいよね。」
田中さんはどんなにからかられても、怒りも動揺もせず「寝てないです。」と普通に応えていた。目の前でゆっくり珈琲を飲む顔も、いつも通りのほぼ無表情だ。
「あ、でもさ、本当に勉強好きな人や、努力して、目標の為に頑張っている人も、いるよね。」
田中さんは、安心させるかの様にニコッと笑った。
「…うん。」
私が大学に来ている目的は、将来の自分の経済に揺ぎない安定が欲しいが為だ。その為のバイト三昧、その為の今の節約、勉強…。
「カフェオレにしてみる?」
ハッとする。まだ、ひと口も飲んでない。
「ごめん、ちょっとボーッと…。」
急いで、ひと口飲んだ。
「苦くない?」
「いんや、これ、目茶苦茶美味しいです。」

隣人田中さん

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