テーマ:お隣さん

厄年の男、隣人宅にてシャワーを浴びれば

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 なぜかそこだけは厄年のせいにしない先輩。それに対して、すっかり後輩は、厄年っすね、が板についてしまい、もう何が厄年のせいで何が違うのかの分別がつかないようである。でさ、俺、ガス止まっちゃってるからさ。と話を続ける先輩。
「アパートの隣の部屋に勝手に入って、そこでシャワー浴びようとしたんだよ。さすがにこの寒い中、真水でシャワーとか、浴びられないし」
「え。大丈夫なんすか、そんなことして」
「それが意外と、大丈夫だったんだよな」
 部屋には簡単に入れた。申し訳程度の板というのかパネルというのか、で仕切られたベランダをつたって、隣に渡ると、窓は施錠されていなかった。先輩はちらと中に目をやり人がいないのを確認すると、ガラス窓を横にスライドさせて開け、部屋の中に侵入した。案外不用心なんだな、都会って。
「いや、そういうことじゃなくて。大丈夫なんすか、勝手に人の部屋なんか入って」
「でもそれがさ、やばいことになって」
 乱雑に脱ぎ散らかされた衣類、煙草の吸い殻、カップ麺のゴミなどから、隣の住人が男であると確信をした。そう確信してみて、あれ、自分は隣の部屋が女性であるのを期待していたのか。って、初めて気づいたよ。カズさん、それはいよいよやばくないすか、まじで危ないですよ。まあ、それは冗談として。部屋は間違いなく男が住んでいるようで、汚い。嫌な感じの異臭もする。灰皿に一杯になった煙草の吸い殻の横に、怪しい草を発見した先輩は、ひとまずペーパーでフィルターとその草をくるんでから炙って、一服した。でも吸ってみたらさ、結局普通の煙草だったみたいで、安心したよ。と先輩が言い、それを聞いた後輩も安堵したが、先輩は実際に大麻を吸ったことがなかったから、それが大麻だったのか、ただの煙草だったのかはつまるところ分からない。まあそれで一服して、ようやくシャワー浴びようってことで服脱いだらさ、隣のやつが帰ってきて鉢合わせになったんだよ。うーわ、やばいじゃないっすか。で、しかもその隣に住んでるやつがどっかのヤクザだったみたいで、俺、裸のまま殴られた。
「うわちゃあ、それはまじな厄年っすね」
「いや、これは勝手にシャワー使おうとした俺が悪いんだけどな。不味いのがさ」
「どうしたんすか」
 裸のまま一方的に殴られる先輩。逃げるにも、この格好じゃ外にも出られないし、これは厄年のせいだ。見つかるなら、せめて服を着ているときに見つかりたかったし、何より結局シャワーは浴びられなかった。本当に、厄年だと思う。おらあ、てめえ俺が誰だか分かってんのか。と怒鳴られたところで、勿論それは分からないのだが、分からなかった、と言って許してもらえる筈もなさそうなので黙っていた。でも堅気の人間ではなさそうなのは、腕一杯に刻まれた刺青と、如何にもヤクザらしい、首にかけた金のネックレスや趣味の悪いオールバックの髪型など、男の風貌から、容易に想像がついた。と考えている間にも、先輩は殴られ続ける。おらあ、てめえこらあ、ぶっ殺すぞ。と言われ、ぶっ殺されたくはないしやめて欲しいと思うが、しかしどうして、男はこの阿呆みたいに寒い真冬に、タンクトップ姿なのだ。部屋に帰って上着を脱いだのだとしても、さすがに薄着すぎやしないか。そんな格好では、風邪を引いてしまうのではないか。と、男の格好が気になって仕方がない。そんな先輩の素朴な疑問も、男の情け容赦ない殴打によってすぐに掻き消された。男に殴られるのは、結構痛くて、なんだか腹が立ってくる。そっからそのヤクザとかなりもみ合いになって、勢いというか不慮の事故っていうのか、俺、そいつのこと殺しちゃったんだよ。

厄年の男、隣人宅にてシャワーを浴びれば

ページ: 1 2 3 4 5 6

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ