ダム子
と嗚咽まじりに言い出したのである。
私は激しく動揺した。心惹かれるダム子が、近いうちに運命の人と出会う。しかもそれは、どこぞの誰なのかも分からないのである。私である可能性だって、もちろんゼロではない。しかしそれと同じくらいの可能性で、世界中にいる男達全員にダム子の運命の人になる可能性があるのだ。ともすれば、相手は男ではない可能性だってある。そんなことになるのは絶対に嫌だと思った。ダム子が見知らぬ奴と運命の出会いを果たし、結ばれる。それだけは絶対に避けたい。私は激しい焦燥に駆られる。なぜなら、私はダム子のこんなにも近くに住んでいながら、まだダム子と話したこともなければ、ダム子の顔すらも見たことがないのだった。どうしてダム子は、運命の人がすぐ隣に住んでいることを気づいてくれないのか。なんてことは思ったりしない。そんなことを思うのはただの傲慢で、身勝手な思い込み甚だしい。自分が強く願えばそれが叶うなんていうのは間違いで、そういう自分の願いが叶わないことを一つ一つ受け入れていくのが生きるということなのだ。それが分からない愚か者が、ストーキングをしたりする。隣の部屋に住む女が自分の運命の人だと勘違いをして、それが報われなければ、女が悪いのだと思い込み凄惨な事件を起こす。そういった事件をニュースで見る度に、虫酸が走った。その度にダム子のことを思い、見ろ、ダム子を見習え、と思った。自分の言ったことがすべて現実になるとダム子は分かっていながら、決してダム子は自分の有益になるようなことばかりを言ったりしない。ときには、自分が犬の糞を踏んでしまうことを予言してみたりして、よし、踏んでしまうものは仕方ない、新しい靴を買えると思って地球に感謝☆、なんて言って一人薄暗い部屋の中で明るく振る舞った。なんと健気で可愛らしいことか。ダム子程にいい女を私は見たことがない。というよりダム子の顔だって見たことないのだが、顔とか巨乳とか、セクシイでスレンダーなスタイルだとかそういう次元の美しさではなく、ダム子は美しい。
そんなダム子に、運命の人が現れるのだ。悲しい気持ちもあるが、応援したい。ダム子はアイドルではないのだから、恋愛だってする。
心にぽっかりと穴開いた感覚を連れながら、家の近くを散歩することにした。私は何か暗い気持ちになるときがあればいつもそうしていた。もうこれ以上、ダム子の予言を聞くことはやめよう。近いうちに新しい部屋を探して、新しい生活を始めよう。清々しい夜風を浴びながら、歩き慣れた道を歩いた。目の前を猫が走って横切る。蝉の鳴き声が聞こえた。月がまんまると光り輝いていて、すこぶる綺麗だった。とてもいい夜である。
ダム子