テーマ:お隣さん

ダム子

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 ダム子が隣に越してきたのは、今からちょうど半年前くらい、まだ冬物のコートが手放せないくらいの寒さ、息も白い、ベランダに出れば体が震えて、ああさむいさむい、と呟きながら外でタバコを吸うのも手短に、といった感じの季節。
 ガタガタと家具や荷物の詰まった段ボールが屈強な体つきの男たちによって運ばれる音がし、もちろんアルバイト感覚でやってきたひ弱な学生も混じっているため、おいこら、しっかり持てよ、みたいな声もたぶん響いていたかもしれないが、しかし優しい先輩スタッフがサポートします、というアルバイト募集のネット広告の文言を信用してきた学生からすればこの仕打ちはなんだ、と絶望した気分で荷物の入った重たい段ボールを、狭苦しい階段を何度も上がり二階まで運んだに違いないのだが、まあそういう感じを経て引っ越してきたのがダム子であった。
 予言者であるダム子のことだから、こういった学生が混じっていることまで予め分かっていたのだろう、休憩中に、用意していたあったかい缶コーヒーをその学生の背後から気づかれないように近づき、ほっぺに付けてやり、はいどうぞ、疲れたでしょう、と言って渡した。なかなかいい女である。学生は喜んで飲んで、何か恋の予感すらも感じたが結局何も起きることはなく、上京し始めの淡い記憶としてダム子のことを以後何度か思い出したりするようになった。それくらいに、ダム子はいい女なのだ。
 といっても、そんなことは露知らずの私は、ああ、なんか隣に新しい人が引っ越してきたみたいだな、とそのときは思っただけだった。異変が起きたのはそれから何週間か経った後のこと、隣の部屋で、気味の悪い音楽が流れてき、それは何というかヒップホップとクラシック音楽と般若心経をミックスしたような物々しさで、どこかスピリチュアルな雰囲気すら感じさせ、それと一緒にダム子がぶつぶつ鼻唄のようなものを日本語とも英語ともつかない言語で呟き始めたかと思えば、途中の間奏に入ったタイミングで、
「あぁ、なんだか、犬のような生き物が、ワンッ、と鳴き始める気がするうぅ」
とはっきりと言った。そしてその刹那、外にいる野良犬が、ワンッ、と大きな声で鳴いたのだった。
 私はその、ダム子の部屋から不穏な音楽が流れてから予言、そして犬が鳴くまでの一連の流れに戦慄してしまい、その日は眠ることができなかった。この出来事を境に、先に言ったように私はダム子の予言に悩まされる日々をおくることになる。偶然では片付けられないような出来事が、ダム子の発した予言によって現実で起こるのであった。

ダム子

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