テーマ:お隣さん

ダム子

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 そんなダム子に段々と自分が惹かれていることは分かっていた。ダム子が隣の部屋で一人きり、あの不穏な音楽に乗せて唱える予言が、世界の端々まで届き、世界を彩っていく。ダム子が世界のどこかで難病を抱えた人が治ると言えば、一人の命が救われ、健康な体を手に入れる。飼い主の見つからない捨て犬が、ダム子によって暖かい家庭と出会い家族の一員となる。不倫をしている男はダム子によって不貞が暴かれ、懲らしめられる。絶縁関係にあった親子がダム子の予言で和解する。昨日ダム子が面白そうと言った映画が面白かった。おとといダム子が美味しそうと言った新発売のお菓子が美味しかった。本当にダム子の予言はよく当たる。恐ろしい程に当たる。ダム子が戦争なんてなくなればいいと言った次の日に、どこかでもう何十年も内戦を続けていた国から争いがなくなった。素晴らしいではないか。ダム子の予言が世界を救うのだ。なんと素晴らしいことなのであろうか。最近では、隣の部屋から流れてくる、なんの楽器を使っているのかも分からないスピリチュアルな音楽にも心地よさを感じてしまうくらいになった。疲れた体に、音楽は滲み込み、神のお告げを待つような気分で、ダム子の発する声に耳を澄ます。何もない一人暮らしの淀んだ色をした四角形のなかに、ダム子のおかげで彩りが加わる。部屋の中が見たこともないくらいの鮮やかな青色に包まれていく。目には映らなくても、体がその青色を感じる。今ではダム子の予言によって狂わされていると思っていたのは間違いで、ダム子の予言が私を日々救ってくれているのだと思える。
 日に日に増してゆくダム子に対する気持ちは、もう止めようがなかった。私がこんな風な気持ちになることも、ダム子は隣の部屋で予言していたのだろうか。この止めどなく流れてくる愛の潮流をさえ、ダム子は予言し、それに対してどんな気持ちでその未来を受け止めたのだろうか。それは今では分からない。ダム子も私も、すべての未来、すべて描かれた通りに流れてゆく。今こうして、二人で抱き合いながら私たちはその未来に向かって落ちてゆくのである。私は今、自分の住む部屋の隣、つまりダム子の住む部屋の中にいるのであった。


 ダム子が決定的なことを予言したのは数日前のこと、いつもの通り、ズンチャカズッシャン、タタタッタ、ペチコンペッペ、ズジガッチャン、みたいな音楽の流れる部屋の中で、
「ああ、私の前に、運命の人が現れる気がするう、う、うえっ、おええぇっ、あ、運命の人があああ、いやああ」

ダム子

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