テーマ:二次創作 / グリム童話、ジャックと豆の木、人魚姫、ピノッキオの冒険

スクランブルス

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 この家の料理はほとんど雪絵ちゃんのお手製だ。なんでも昔ひどい食中毒になって以来、他人の作った料理を受け付けなくなってしまったらしい。そんな彼女がどうしてルームシェアを選んだのかは少々謎である。とにかく雪絵ちゃんはとても料理上手で、共有冷蔵庫の中は手作り常備菜でいつも賑やかだ。
「おはよう」
 私は台所でコンタクト(ディファイン)と格闘している雪絵ちゃんに声をかけた。白い肌にキューティクルな黒髪、色素の薄い虹彩にぱっちり二重を持つ彼女はノーメイクでも華があってどきどきする。雪絵ちゃんは「うーす」と生返事をしたのち、コンタクトを諦めケースにしまった。寝不足で腫れた目にうまく入らなかったらしい。十分瞳が大きいのだから、ディファインしなくてもいいのになと思う。
 彼女は大学に通いながら時折深夜イベントでDJをしているとのことで、週に何度かは早朝に帰宅する。DJがどんなものか知らない私に、こないだ「クラブで皿を回すんだよ」と教えてくれた。回すの? 皿を? 伝統芸能……?
 雪絵ちゃんは細い金縁の丸メガネをかけると、飲みさしのグラスを手に取った。
「そういえば太郎から聞いたんだけどさ、今度……ヴォエ!」喋りかけた雪絵ちゃんが白目を剥いた次の瞬間、口に含んだ液体をシンクにぶちまけた。一日の始まりとしてはなかなかの光景だ。
「あ、それ俺の飲みかけ」朝風呂を終えたばかりらしい太郎さんがひょこっと顔を出した。
「ばか! これアップルジュースじゃない!」
「悪い悪い」
「私のグラスの隣に置かないでよ! まぎらわしい」
「っても美味いだろ? ゼペット教授の実家で採れたリンゴだぜ」
「リンゴは苦手だって何度も言ったでしょ。あとよくわからない培養液を冷蔵庫で保存するのやめて。この前めんつゆと間違いそうになったんだから」
「ごめんごめん。今度から飲んでも害ないやつにするから……」
 少しピントがズレた謝罪を返す太郎さんは隣駅の学校に通う大学3年生で、植物学を専攻している。遺伝子を組み換えすぎた実験用ハイパーエンドウ豆の木が高さ20mまでに成長し、大学どころか都から厳重注意を受けて謹慎していたのが先々月のことだ。
「そういえばべにこ、今度さ――」
「あっまたパンくず落ちてる。ちょっと! グレーテ!」
 二階からふらふらと降りてきたのはドイツからの留学生、グレーテ。太郎さんとの喧嘩を中断し、雪絵ちゃんが彼女のパーカの袖をむんずと掴んだ。

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