テーマ:一人暮らし

かさねぐらし

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「何回、後悔するんだろう。何回、繰り返すつもりなんだろう。……ずっとずっと、こんなままで終わっちゃうのかな。この三日は私の人生の縮図なのかな」
 詩を書けばいいのに、涙を流し始めた彼女の輪郭を捉えながらに思った。ひとり言が止まらぬなら、詩を書けばいいのに。自分のためにだけ言葉を吐いて、それで満足するからそのまま終わる。何度も繰り返してしまう。他人に聞かせていたとしたら、もう二度と同じことを言わないように努力するだろう。
「あー、眠」
 彼女はぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、ベッドの上に丸められていた毛布にくるまって、そのまま穏やかな寝息を立て始めた。私はそれを見届けたあと、自室の壁に設置していたアナログ時計を見やる。変われないのは、変わらなくても眠れるからだろう――針は昼の二時を指したばかりだった。

 少年は携帯通信端末を投げ出して腰をかけていたベッドから立ち上がった。と思うとそのまま狭い部屋をぐるぐると回り出す。CD棚から一枚のCDを取り出して表と裏を交互に見て、ためいき。横に置いたカラーボックスの上に積み重ねられた、開けられてもいない段ボールの山に、ためいき。部屋の隅に置いてあるギターを前に、ためいき。部屋の四分の一は占領しているだろう、大きな勉強机に備え付けられた棚にぴっちりと並べられた教科書や参考書に、大きなためいき。部屋の中央にあるコタツ机にもぐりこんでやっと一息。
 ヘッドフォンを装着して、マウスをカチカチと操作している。何を見ているかは詳しく覗き込んだことがない。ただ、一度、ちらりとそばを横切った時に男女が裸で組み合っている動画が流れていた。コタツの上にはティッシュ箱が置かれていて、ゴミ箱はコタツのすぐそばに置かれていた。
 投げ出していた携帯通信端末が震えた。ためいきをついた少年はヘッドフォンを外して、膝でどってどってと床を歩く。右手で携帯通信端末を取り、ベッドを背もたれに腰を下ろす。足を伸ばさず、窮屈そうに膝を抱えて、少年はじっと明るい画面を眺めている。一定時間操作されなかった画面はふっと暗くなって、少年の顔を映し出す。彼のうなじがわずかに襟に隠れる。右腕がゆっくりとあげられ、肩を中心に服の皺がよってゆく。ヘッドフォンから漏れ出た野太い男の小さな喘ぎ声が、壁に叩き捨てられた携帯通信端末が床に落下する音にかき消される。少年は拳を固めて自身の太ももを殴りつけた。
「やっと、やっとひとりになれたのに……どうして自由になれないんだよ!」

かさねぐらし

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ