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ひとり暮らし

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だが私はまたひとり暮らしをしている。とは言っても、家族がいて寝食をする自宅はちゃんとあるのだから、正確にはひとり暮らしとは言えない。それでも、この部屋は私にとって平日の昼間だけの「ひとり暮らし」なのだ。別になにをしているわけでもない。人が訪ねてくることもなく(誰にも内緒なのだから当たり前なのだけれど)、独身の頃と同じように、本を読んだり、音楽を聴いたり、仕事をしたりしているだけだ。仕事は通信講座の添削で、どこででもできるし、少し専門的な知識が必要な講座なのでわりと給料がいい。平日の昼間なんて自宅に誰もいないのだから家ですればいいことだけれど、わざわざ別の場所に部屋を借りることが重要だった。夫や子どもの匂いがしない、自分だけの、秘密の部屋。何もない部屋だけれど、そこには私のすべてが詰まっている。

「いらっしゃいませ。今日は暑いですね」
赤と白のストライプのエプロンをつけた男の子がにっこり笑う。
「こんにちは」
顔を覚えてくれているのか、お愛想で言ってくれているのかわからなかったので、私は曖昧に笑ってあいさつする。フリーターだろうか、感じのいい笑顔の、いつもの男の子。
ごはんに何を食べるかというのはひとり暮らしの醍醐味(だと私は思っている)で、今日のお昼は、最近できた手作りハンバーガーの店のベーコンチーズバーガーとポテトにしようと昨日から決めていた。それでも一応メニュー表に目を落とし、少し選ぶそぶりをしてから
「ベーコンチーズバーガーとフレンチフライポテトください」と注文した。
テイクアウトで、とつけたすのと、「ご一緒にお飲み物はいかがですか」と男の子が聞くのが重なってしまう。
「あ、ごめんなさい。飲み物は大丈夫です」
自分のタイミングの悪さにうつむいてしまう。40歳にもなって、若い店員さんにも敬語で話してしまう自分が時々情けない。自分の子どもに話しかけるように気軽に話しかけるおばちゃんにはどうやったらなれるのだろう。
「失礼しました。ベーコンチーズバーガーとフレンチフライポテト、テイクアウトですね」
男の子はさしてあわてもせず、相変わらず感じのよい笑みを浮かべたまま、レジを打った。
「あ、はい」
私はお金を払って、窓際のカウンターに腰かけた。
人通りの少ない裏通りに面したこぢんまりした店だが、ハンバーグは手作りで、炭火で焼いたパティはうまみがギュッとして香ばしく、値段も手ごろなのでわりと流行っているようだった。アパートからは少し離れているが、途中に木漏れ日が気持ちいい公園があって、気分転換に散歩がてらちょくちょく来るようになった。

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