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私とタツヤとノムラ君

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 ワンルームの自宅に戻った私は、取り急ぎカブトムシを、余っていた半透明の衣類用小型コンテナに入れ、蓋にキリで通気口を開けた。冷蔵庫にあったバナナの切れ端を与えると、彼はそれに顔を突っ込み、貪るように角を上下させた。
さてどうしよう。一度手を出してしまった以上、やはり私には、彼の今後に関して一定の責任がある様に思えた。部屋のバルコニーは駐車場に面しているので、そこから逃がしたとしても、元の路上と何ら危険度は変わらない。かといって、本来彼等の住処となりそうな最寄りの雑木林までは電車移動が必要になる。
 カブトムシの飼育って難しいのだろうか?私がまだ小学生の頃、二つ上の兄が、よくカブトムシやクワガタを捕まえて来ては、虫かごで飼っていたのを覚えている。餌遣りや、乾燥した土に霧吹きをする以外、別段、彼等に手間を取られている様子は無かった。観葉植物程度の労力で済むのなら、いっその事この部屋で面倒を見てしまおうか。
 「カブトムシ 飼育」という言葉をスマホで検索しようとしたが、もはや体力の限界だった。瞼が下がり、スマホがツルりと手から抜け落ちる。ダメだ。明日ゆっくり調べよう。
 居酒屋とカラオケの匂いに汚染された衣類を洗濯機に放り込み、私は浴室に向かった。

 翌日は土曜日だったが、いつも通り予定の無い私は、カブトムシの飼育に必要なアイテムを揃える為、近所のホームセンターに向かった。
 ペットコーナーの一角には、大小様々な虫かごが置いてある。一匹の飼育なら、これぐらいで十分だろう。一番小さいサイズのものを手に取り眺めていると、エプロン姿の店員らしき男性が声を掛けてきた。
「何を飼うおつもりですか」
 眼鏡をかけた、若くて生真面目そうな店員だ。余計なお世話だろう、と思いつつも、私は俯き加減に「カブトムシを」と小さな声で答えた。
「じゃあ、そのサイズは小さすぎますよ。カブトムシって相当動き回るんで」
 と、彼が私に差し出したのは、そのコーナーにある物の中でも、最大サイズのものだった。それでは意味が無い。今、彼を入れている衣装ケースは横幅が35センチ程もあり、かなりのスペースを占有しているのだ。彼に薦められたものは、ほぼそれと同サイズだ。
 仕方が無いので、諸々事情を説明すると、彼は「何だ、じゃあ新たに虫かごを飼う必要はありませんよ」と断言した。プラスチックの小型コンテナは、意外な事に、カブトムシの飼育には打ってつけだという。通常の虫かごは蓋が網目になっているので、土が乾燥しやすく、こまめに霧吹き等の手間が必要になるが、コンテナなら、蓋の内側に濡れた新聞紙を挟んでおけば、それで保湿は十分なのだそうだ。

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