テーマ:一人暮らし

時を紡ぐ箱舟

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 まあ、そういうのも悪くないものだ。いつか一緒に並んで作業できればいいが、今日は彼女にまかせて、待つ時間を楽しもう。彼女だって、初めて手料理を振舞うのなら、一人で準備したいかもしれない。
 しばらく待っていると、
「少しの間、目を閉じていて」
 という彼女の声が聞こえてきた。言うとおりに目を瞑ると、カチャカチャという音が何往復かする。
「はい、もういいよ」
 と言われ、目を開くと、そこには美味しそうな料理の数々が並んでいた。予想を遥かに上回る出来栄えに、私は思わず感嘆の声をあげる。
 しかし、それと同時に、私の中には別の驚きと戸惑いが芽生えていた。目の前の光景に、何となく見覚えがある。そう、あの謎の料理に似ているのだ。
「……これ、君が作ったのかい?」
「ええ、もちろんよ。なかなかのものでしょ?」
 彼女はそう言いながらも、照れくさそうに笑う。当然だが、不審な様子はない。
「……ああ、すごいね! まさかこれ程とは思っていなかったよ」
 私は戸惑いを悟られぬように、何とか調子だけ合わせた。
 単なる偶然ということもないとは言えないし、意外と味は全然違ったりするかもしれない。ひとまず心を落ち着かせ、様子を見ることにした。
 彼女が見守る中、
「いただきます」
 と手を合わせる。それから、複雑な思いで料理を口へ運び、ゆっくり味わった。
 そして、私は思わず固まってしまう。やはりと言うべきか、味もまたあの料理によく似ていたのだ。
「……美味しくない?」
 心配そうに覗き込む彼女の顔に気付き、私は慌てて答えた。
「いや、すごく美味しいよ。この味が大好きなんだ」
 すると彼女は、「え?」と不思議そうな顔をする。
 それはそうだ。初めて作ってくれた料理に対して、まるで以前から知っているかのような反応をしてしまったのだ。
 こうなれば、もう下手な誤魔化しは通用しないだろう。かえって不審や誤解を招くことになってはつまらない。
「……あの、聞いてくれるかい?」
 と、私は思い切って事情を話すことにした。この家に来てから体験したことの全てと、あまりに似ている二つの料理について。
 馬鹿な話だと笑われるか、薄気味悪がられるかもしれないが、正直にありのままを伝えよう。
 彼女は真剣な様子で、ただ黙って私の話を聞いていた。そして、全て聞き終えると、今度は黙ったまま、何か考え込んでしまう。
 いっそ笑ってくれた方が、気が楽だった。思いのほかシリアスな空気に、気まずい沈黙が続く。

時を紡ぐ箱舟

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