時を紡ぐ箱舟
どうしたものか、私が困り始めた頃、ふいに彼女は口を開いた。
「私が住んでいた時も、不思議なことが起こっていたわ。何となく一人が寂しいと感じ始めていた時期にね、作ったはずの料理が突然消えてしまうということが起こったの。その後、空になったお皿だけが返ってきて……そういうことが何日も続いたわ」
「何だって? それって、まさか……」
「最初は少し怖かったんだけど、不思議と嫌な感じはしなかった。うまく言えないけど、何というか、温かみがあって。それで、いつしか料理は二人分を作るのが当たり前になって、寂しさも感じなくなっていったわ。優しい誰かがそばにいるような気がして、心地良ささえあった。だから、引っ越さなければならなくなった時は寂しくて、久々に戻ってきた時に、思わずこの家の前まで来てしまったの」
彼女の話を聞いて、今までバラバラだった多くの点が線として繋がったような気がした。あの現象自体の謎が明らかになったわけではないが、重要なのはそんなことではない。
あの頃からずっと感じていたもの、今でも変わらずに残っているもの、その正体がやっと分かった気がした。それはきっと彼女も同じだろう。
「つまり……君だったのか」
「ええ、あなただったのね」
私たちは見つめ合うと、もう疑うことも忘れた。出会ってからこれまでのことが頭をよぎり、深く心が通じ合ったような気がする。
しかし、私はすぐに照れくさくなり、目をそらして笑いながら呟いた。
「運命なんて、信じていないんだけどな」
すると、彼女は笑いながら言う。
「この家を見つけたのは偶然じゃないって、誰かに言われなかった?」
「ああ、そうか……アハハ、縁か」
忘れていた誰かとの会話を思い出した。今思えば、あれは冗談ではなかったのかもしれない。少なくとも、今なら信じてもいい。そう思えた。
これを機に、私たちの仲は一層縮まり、一緒に暮らすことになった。しかし、住んでいる場所はあの家ではない。
初めはあの家で一緒に暮らそうかとも話し合ったのだが、結局、大切な思い出だけを持ってそこを出ることにした。
それがいいはずだ。きっとあの家は、他の人間にも奇跡を見せてくれるだろう。今度は私達の思いも上乗せして、より強く、より温かく。そうあってほしい。
人生とは旅だとよく言われる。それなら、家というのは、動きこそしないが、時という流れの中を行く船のようなものではないだろうか。
だからこそ、そこには色々なものが積み重なっていって、色々なものが繋がっていく。私たちが経験した現象は奇跡だが、その本質は、きっと珍しいことなんかじゃないように思う。
時を紡ぐ箱舟