時を紡ぐ箱舟
「あの……いいんですか?」
と言って、うかがうように私の方を見た。きっと、余程この家に思い入れがあるのだろう。それならばやはり、歓迎してあげなければならない。
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
私は門の戸を開き、彼女を招き入れた。
家の中に入ると、彼女は、
「本当に昔のままだわ」
と嬉しそうに言って、静かに歩き回った。そんな彼女の様子を見ていると、何故か自分まで嬉しくなる。
それから私達は、自己紹介もまだであったことを思い出し、少しずつ互いのことを話した。申し訳程度の粗末な茶菓子しか置いてなくて、少し恥ずかしい思いをしたが、彼女は気にする様子もなく、明るい笑顔を見せてくれる。楽しい時間だった。
それが彼女との出会い。それ以来、彼女とは時々会うようになった。共通点と言えるのは、この家のことくらいのものだが、不思議なくらい彼女とは気が合った。何度か会って話をする内に、自然と距離も縮まっていく。そして、いつの間にか、一緒にいるのが当たり前のようになっていた。
ちょうどその頃だ。あの謎の料理が出現しなくなる。まるで、もうその必要がないとでも言うように。
結局、あれが何だったのかは分からないが、結果的に私の寂しさや空白を埋めるものだったのは確かだ。この家が私を見守り、支えていてくれたのかもしれない。そして、その役目を終えたということなのか。
そう考えると、少し寂しい気もする。しかし、全てがなくなってしまったわけではないのだ。心を満たしてくれた温かさは、今も変わらずに残っている。
だから、精一杯の気持ちを込めて、
「今までありがとう」
と、家に向けてはっきり告げた。
そして、これを機に、私は生活態度を少し改めることにした。今や独りの人生ではない。相応の甲斐性は必要だし、彼女に負担を強いるようでは、みっともないではないか。今までは与えられる側で甘えていたが、これからは与える側に立ちたい。そう思うようになった。
この家に来てからというもの、本当に色々なことが起こる。そしてそれは、みな良い変化やそのきっかけを与えてくれているような気がした。だからこそ、それを受け止めて、今度は自分が頑張るのだ。
そんな新しい日常が回り始めていたある日、料理が得意だという彼女が、手料理を振舞ってくれることになった。
私の家で作ることになったのだが、うちの台所なのに、私よりも彼女の方が使い慣れているのには笑ってしまう。手伝おうとウロウロしていたら、「大人しく待っていて」と、追い出されてしまった。
時を紡ぐ箱舟