時を紡ぐ箱舟
家の中の様子も悪くなかった。リフォームされているのか、洋室なんかもあり、意外と近代的で暮らしやすそうだ。古い家だから心配もあったが、傷んだ様子もないし、家具もしっかりしていて、その気になればすぐにでも生活ができそう。
まるで夢でも見ているような気分だった。まったく欠点が見つからない。これだけ良い条件が揃えば、契約しない理由はないだろう。私はもうその場で即決した。
「本当に良い雰囲気の家ですね。とても気に入りました。是非ともここに住んでみたいです」
すると、不動産屋の店主は頷きながら言う。
「ええ、この家も歓迎しているようです」
「……家がですか?」
奇妙な言い様に思わず聞き返すと、彼は言った。
「この家は住む人間を選ぶと言われています。今日のこの出会いもまた、偶然ではないのでしょう」
それを聞いて、私は店での会話を思い出した。
「ああ、なるほど。ハハハ、やはり縁というやつですか」
どうも彼はそういう話が好きらしい。まあ、冗談交じりのセールストークといったところか。
しかし、確かにそういう言葉の相応しい家かもしれない。長い年月を越えてきた家には、それだけの風格と趣がある。
何にせよ、私も彼も満足のいく結果となったのだ。それで十分。他に言うこともないだろう。
しばらくして、私はそれまで住んでいたアパートを解約し、この家へ引っ越してきた。
せっかく良い雰囲気の家なので、余計なものは持ち込まず、備え付けの家具をそのまま使って生活してみるつもりだ。おかげで荷物の少ない実に楽な引っ越しだった。
そして、簡単な整理や掃除など、一通り作業を終えると、大きな椅子にゆったりと腰かけ、部屋を眺める。借家とはいえ、この素晴らしい空間が、今は自分だけのもの。良い気分だった。
それに、上等な家に住んでいると、何となく自分まで上等になったような気がするものだ。勘違いなのは分かっているが、意外と環境に引っ張られて、本当に変わっていくこともあるかもしれない。
この夢のような新生活は、まさに期待で一杯だった。
ところが、住み始めてから時々、何か違和感を覚えることがあった。環境が今までと大きく異なるのだから、当然と言えば当然かもしれない。
元々あった家具を使って生活しているので、そこには異質な生活感とでも形容すべき、独特な空気もある。そういう意味では、むしろ私という存在の方が異物だ。
色々と思うところはあったが、実のところ、考えてもよく分からなかった。
時を紡ぐ箱舟