隣の秘密
「その愛の言葉って、不自然じゃない?」
「なにが?」
「だから聞こえてきた言葉がなんだっけ?」
「えっと、『さようなら、さようなら! もう一度口づけを。それは最高』」
「おかしいでしょ、そんな会話……あっ!」
「なによ、大きい声出して」
「それって、『ロミオとジュリエット』だ!」
「えっ?」
「私、高校の時に学祭でやったことあるのよ」
「ジュリエット?」
「ジュリエットじゃなかったけど、愛のセリフは覚えてるわよ。『さようなら、さようなら! もう一度接吻(くちづけ)を。それでは行こう」
「そうか。それなら、彼がイケメンなのも、引っ越して来た時、フルネ―ムで挨拶したのも、合点がいくわね」
「でしょ? でもさ、あんた。まさかそのイケメンくんに恋しちゃったわけじゃないよね?」
「えっ? いや」
「彼いくつよ」
「21、2ってとこかな」
「若っ。犯罪だよ犯罪」
「ちょっと……」
「どっちにしても、もうすぐ三十路の派遣社員と、彼は役者の卵。
未来はないよ。いくらイケメンでも。それこそ親が反対するよ」
「なによ。お隣さんってだけで、そこまで話を大きくすることないでしょ」
「私はおすすめしない」
「わかった。わかった」
美紀は、春香に同調するふりをしたものの、陸に冷たい態度を取ってしまったことを後悔した。美紀はディカプリオのファンで「ロミオ&ジュリエット」の映画のDVDを借りた時に、文庫本を買ったことを思い出した。
家に帰って本棚を探していると、割合簡単に出てきた。春香とお昼に話していた愛の言葉の箇所を探していると、隣からまた、微かに声が聴こえてきた。美紀は壁に耳をぴったりとつけた。そしてあのセリフがはっきりと聴こえて来た。
「さようなら、さようなら。もう一度接吻を。それでは行こう」
「このままいらっしゃるのねぇ? いとしい人、ええ大事な私のあなた!」
自分でも信じられないが、美紀は壁越しにセリフを読み上げていた。同時に私は何をやってるのだろうと恥ずかしくなった。
「続けて下さい!」
壁越しに陸の声が聴こえる。
美紀はその声に押されるように続ける。
「きっとお手紙を下さらなきゃ駄目よ、毎日、いいえ、一時間毎に。
だって、私には一分毎が、それこそ何日という思い」
二人はしばらく壁越しにセリフの掛け合いを続けた。
セリフの掛け合いを終えると、二人はロミオとジュリエットが引き合うように廊下に出た。照れくさそうに二人は見つめ合う。
「雨の日なんか、稽古の後は部屋で練習しちゃって」
隣の秘密