テーマ:お隣さん

隣の秘密

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日曜日、春のうららかな日、外はお花見日和なのに、仕事で疲れてゴロゴロしている丸山美紀の部屋のチャイムが鳴った。
(なに? 宅急便? なにも頼んでないし、誰かからなにか送って
来るってことも……)
 再度、チャイムが鳴る。
 しつこいなと、美紀は、のぞき穴をこわごわ覗いてみた。
(えっ? え―っ! 超イケメン! この世にこんなイケメンがいるのかってくらい!)
「はっ、はい!」
(どうしよう……返事してしまった……どうするのよ、髪ボサボサで、ジャ―ジだし)
「隣に引っ越して来た、沢井です」
「はっ、はい! ちょっと、待って下さい!」
 美紀は、早回しのように、鏡を見ながら髪の毛をとかし、タンスからトレ―ナ―、ジ―パンを引っ張り出し、色付きリップを塗った。
 美紀はドアを開けた。
「お待たせしました。あっ、あの」
「隣に引っ越して来た、沢井陸です! どうぞよろしくお願いします。これ、お近づきのしるしに」
「はあ、どうもありがとうござます」
「では、また。失礼します」
「また、さようなら」
 美紀は放心状態だった。隣が引っ越していたことは知っていたが、
 厄介なのが引っ越して来なければいいなくらいに思っていた。それがどうなの? こんな夢みたいなことがあるのかしら。また、あんなに若くて1人暮らしで挨拶なんて、古風なしっかりした感じ。美紀のど真ん中のタイプだった。それにしても私は、どうして、「いい天気ですね。お花見日和ですね」などと愛想の1つも言えないの。あんな愛想のない返答をしてしまった……。不愛想な女と思われたかもしれない。マイナスなことばかり頭に浮かんだが、ふともらった蕎麦を見て、おかしくなった。蕎麦って、引っ越しの時に食べるんじゃなかったっけ? と思ったのだ。長野県の出身かもしれない。長野県には子供の頃によく家族旅行に行った。結婚したら、長野に住むのかしらと美紀はあまりにも飛躍した、勝手な想像をした。
 数日後、美紀が夜ご飯に商店街のお気に入りのコロッケをほおばろうとしていると、家のチャイムが鳴った。こんな時間になんだろうとのぞき穴を覗くと、沢井陸が立っていた。
「なんで? まさか愛の告白?」と美紀は思わずつぶやいた。我に返って、「はい!」と返事すると同時にドアを開けた。「すみません」とはにかんだような笑顔で、沢井陸は言った。
「あの、ソ―ス貸してもらえませんか?」
「えっ、あっ、ソ―ス」
「夜ごはんにハムエッグ作ったんですけど、僕ハムエッグにはソースで、今、家にしょうゆしかなくて」

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