甲子園とチョコレート、そして四月
「ねえ、さっき、なにしてたん? なんか、嬉しそうにわ笑ろてやったけど」
美佐子が、額にかざした片手で西陽を遮りながら、マウンドを見やった。
「おう、ちょっとな……ほら、コータ、来い」
キャップを取ってコータの頭に乗せると、その肩の下に両手を差し入れ、ひょいと持ち上げて肩車に乗せる。ぶかぶかのキャップを被ったコータが、ヒロユキの肩の上でキャッキャと笑った。
「ちょっとな、帰ってきた挨拶に、一球、ぶち込んだったんや」
「は?」
「それよりお前、大丈夫なんか? ここまで歩いて来たんか?」
ちらと美佐子の腹の辺りに目をやる。
「大丈夫。もう安定期に入ってるし」
この腹の子が、ヒロユキに帰郷を決意させた一番の要因だった。もう一人家族が増えるに際して、寺田町のゴミゴミした街中にある2Kでは、あまりに手狭だった。かと言って、ほぼ毎日夜も遅くなるヒロユキの仕事では、家賃の安い郊外に広い部屋を借りるもままならない。
そんな時に、タムシがやってきて、父親の話を聞いたのだった。
タムシの話を聞いた数日後、やや躊躇しながら美佐子に話したところ、意外にあっさり……どころか、諸手を挙げて賛成してくれた。
「子供が二人とも、あんたと同じ町で育つやなんて素敵やないの。それに、わたしかて実家が近こうなって便利やし」
美佐子の故郷は、但馬竹田だった。
父親に、そっちへ帰って、とりあえずは店を手伝わせてくれと電話で頼んだときには、「好きにせいや」とやけにそっけなかったのだが、いざ引っ越して来ると、かつて住み込みの職人を住まわせていたガレージの二階を自分の居室に設え、店の裏の母屋は、台所や居間その他をリフォームした上で、ヒロユキ夫婦に明け渡す準備をすっかり整えてあった。
ヒロユキたちを待ち構えて、勝手知ったる我が家のごとく家の中へ案内したタムシが、「ほら、な」と、にやり笑ってヒロユキを振り向いた。
「コータ、見てみィ。これが父ちゃんの町や。ほんで、これからお前と、お前の弟か妹の町になるとこや」
コータを肩車したままのヒロユキと、美佐子が並んでマウンドにいた。
「な、こっからやと、よう見えるやろ」と美佐子に話しかけながら、肩に乗ったコータの手を握る。
「小っちゃい、ち~~っちゃい町や……」
ヒロユキの町も含めて、かつてひとつの「郡」を構成していた近隣の4町が合併し、新たに「市」を名乗ってはいても、目の前に見える町の景色は、ヒロユキが出て行ったころとさして変わりはない。町は、山に囲まれて相変わらず死んだように眠っている。
甲子園とチョコレート、そして四月