テーマ:一人暮らし

先輩の彼氏

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「会社の子が、隣りで寝てるの。ふたりだけで仕事のうちあげをやって、ちょっとのみすぎたみたいね………そう、私より五つ下かな、いまふうのキュートな女の子よ。………ええ、仕事はできる。センスもいい………私の右腕よ」
きこえるのは彼女の声ばかりだったので、なんだかスマホにでもむかって話しているような感じがした。口調からみて、相手が男性なのはまちがいなかった。聡里さん、同棲してたのか。思わず私は暗闇の中て笑ってしまった。彼女の口からこれまで、一度として異姓の話がでたことがなかったので、仕事一途と思っていた私だった。いまきく彼女のどこか甘えたような口ぶりは、私の知らない聡里さんの一面をみるようで、やっぱり聡里さんも女だったのだと、妙なことで感心した。
いったい、どんな男性だろう。
なにかにつけ、人生の手本、師匠としている聡里さんだったので、私も今後、彼氏をつくるときの参考にしたかった。暗がりのなかでいろいろ、襖の向うにいるはずの男性の顔をおもいえがいてみた。
熊のような顔面髭まみれの男、お面のひょっとこのような顔の男、動物園のゴリラと見比べたらまだゴリラのほうがイケメンにおもえる男………なぜそんな顔ばかりおもいうかべるかというと、聡里さんがあまりにパーフェクトな女性だったので、相手はきっと、その真逆だと考えたからにほかならない。しかし、いい加減想像することにうんざりした私は、ベッドからでると、おもいきって襖をひらいてみた。もちろん、なにもしらないすっとぼけた表情をうかべながら。
「あら、私、どうしちゃったのかしら」
すると、テーブルに座っていた聡里さんが、平然と、
「すこしのみすぎたようね。あなたの住いがわからなかったから、あたしのマンションにつれてきちゃったの。わるかったかしら」
「私こそ、ご迷惑じゃなかったですか」
いいながら私は、テーブルの周囲をそれとなくみまわした。しかし六畳のフロアのどこにも、誰の姿もみとめられなかった。
「あ、紹介するわ、彼氏の中本さんよ」
聡里さんが手で示すテーブルの向うに、私は目をさまよわせた。そこにはただ椅子の背もたれがみえているだけで、では、その中本さんは、廊下の奥にあるトイレにでも入っているのだろうか。
聡里さんは笑いながら、
「どう、なかなかのイケメンでしょ。顎髭があなたの好みにあうかしら」
私がまだ目の焦点をさだめかねていると、
「あなたものみなおさない」
と、グラスに赤ワインをついでくれた。

先輩の彼氏

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