テーマ:一人暮らし

先輩の彼氏

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

私が親元を離れて一人暮らしをはじめたきっかけは、おなじ会社につとめる先輩デザイナーの聡里さんの影響が大きかったのはまちがいない。
聡里さんは私がいまの『スタジオB-Y』に入社したとき顔をあわせたわけだが、全身からオーラがまばゆいまでに輝いていて、同性からみても魅力抜群の女性だった。
聡里さんは芸大を出たばかりの私を、厳しくはあっても、私の能力開発にひとかたならない努力を払ってくれた。なにかと、他人の足元をすくうことばかりに汲々としている連中がひしめくなかにあって、聡里さんは格別な存在だった。私もまた自分のすべてをさらけだして接するようになっていた。
すらりとした長身の、ダイエット、ダイエットでひからびたような肉体の女性が氾濫するなかに、肉付きもよく、独身で年はまだ30ちょっとのわりにはおちついた聡里さんに、私はたちまち一目ぼれしてしまった。もちろん、精神的な意味でだ。
私が入社してわずか4年で大きなクライアントの仕事をまかせてもらえるようになったのも、聡里さんについてそれこそ死にもの狂いで仕事をこなし、それなりの成果をあげてきたからにほかならない。そして今回、彼女と組んでやりとげた仕事は、年間の業績を左右しかねないほどビックなもので、納期がせまりだしたときはそれこそ、事務所のソフアで毛布にくるまり夜を明かしたことが何日もあった。その仕事もやりおえ、私と聡里さんはあとで二人だけで祝杯をあげることになった。
二人は会社のそばの居酒屋の片隅で、ビールのグラスをあてた。
「よくがんばったわね」
「聡里さんのおかげです」
「そんなことないわ。今回の仕事はあなたの才能とセンスの勝利よ」
「私ひとりだったら、とてもやれなかったでしょう」
聡里さんは軽やかに笑うと、それ以上仕事のことにはふれずに、好きな酒の杯を重ねた。
つられて私もつい、いつも以上にのんでしまい、店を出るころにはまともに歩くこともできないありさまになっていた。
それからあとのことはぼんやりとして、断片的なできごとしか記憶に残っていなかった。私が聡里さんにささえられてタクシーに乗り、彼女のマンションにはいりこみ、上着だけ脱いでベッドに横になってからは、ぐっすりねこんでしまった模様で、隣りの部屋から襖越しにきこえる聡里さんの声で、暗闇の中で私は目をみひらいた。
まだ頭はふらつき、そのまま枕に頭をおしつけてうつらうつらしながら私は、それからもきこえつづける彼女の話声に、きくともなく耳を傾けていた。

先輩の彼氏

ページ: 1 2 3 4 5

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ