7月期
テーマ:一人暮らし
午後の風景
そこで大事になるのは、財産をどうするか、と云う事よりも、むしろ妻との関係、そして子供との関係をどう築き直すか、ではないかと思えるようになった。
確かに、今日は、これまでの人生の到着点である。そして、またこれからの日々への出発点でもある。それは、知識や経験と言う面では、最も豊かに身に蓄えた時であり、死出の旅路へ向かって若さを失って行く時なのだ。
ならば、その時点において自分の生き方を振り返り、悔いのない最後を迎えることが出来るように、すべきなのだ。
福田は、退職してから試行錯誤ながら妻と就かず離れずの良い関係を作って来た積りだった。一つの家の中で相互に余計な干渉をせずに暮らす。これが、老後の夫婦円満の秘訣の生き方と信じていた。
しかし、一人暮らしをしている人が二人、一つの家に同居しているような生活は、これからも最上の生き方なのか。
お互いにいずれ何方かが病気で倒れたら、どうするのか。
高木さんを見て確信が持てなくなって来た。
病気になった時を見越した関係作りも必要だと、思うようになったのだ。
高木さんの絵手紙が届いてから一カ月位経った頃、彼女の娘さんから母親が病院で息を引き取ったとの訃報が齎された。
絵手紙に描かれていた紫陽花が、青色を深めて来た頃だった。季節は、夏から秋へと変わっていた。
午後の風景