テーマ:一人暮らし

午後の風景

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

佐藤は、突然
「ハーピバースディ高木さん!」
と発声した。それに合わせて皆が唱和した。
高木さんは、一瞬驚いたようだったが、直ぐに顔をほころばせた。
「すっかり忘れていたわ。そうよ、明日は私の誕生日。七十歳になるのね」
美子は、ジュースやコーヒーを運んで来た。
佐藤は
「高木さんの誕生日を祝って、いつもの飲み物が良いな」
とビールを所望する。男達は、それに右習いだ。
全員の前に、飲み物が並ぶと乾杯をする。
「お誕生日おめでとう。一日も早い快癒と再会を祈念して乾杯!」
美子は、簡単なオードブルも用意していた。
それは、この場で行われていた何時ものランチの会と同じだ。今日は、四国へ遍路の旅に出ている本山さん、日本百名山にチャレンジしている高島、そして海外語学研修へ行っている後藤の他は、全員が揃っている。
各人から一言ずつ高木さんへ誕生日の祝いと励ましの言葉を掛ける。
一通り話終えると、高木さんは、車椅子から立ち上がり、頭を下げた。
「皆さん、今日は、本当に有難う。この図書館へ来たいと云う願いを叶えていただき、そして皆さんにお目にかかれて嬉しかった」
「病気になって一日一日が、如何に大事で掛け替えがないものか、思い知らされたわ。今日と云う日は、今までの人生の中では最も歳を重ねた日、そしてこれからの人生では最も若い日なの。だから今日を悔いなく生きたい」
「早く治れるよう頑張ります。この場で皆さんと再会できるように、今日一日大事にします」
最後は、少し震えていた。
それから
「私も、もっとこの場に居たいけど、今は病気の治療を受けることが私の仕事。この辺で仕事へ戻ります。皆さんは、時間の許す限り会話を楽しんで行って下さいね」
と名残り惜しそうに退去する。
残された人々は、車椅子の高木さんを娘さんの運転する車に乗せて、車が見えなくなるまで手を振って送った。

暫くすると、皆の元へ高木さんからの絵手紙が届いた。
そこには、季節の紫陽花の一輪が描かれ、「日々大事に」と大きな文字で書かれていた。少し小さい字で「皆さま有難う。お世話になりました」と添え書きされていた。
それを見ながら、福田は、高木さんが喫茶店で話したことを噛みしめていた。
高木さんは、自分より僅かに年上に過ぎない。その彼女が、病気に倒れてしまった。数カ月には、考えもしなかった事態だ。明日の事は、誰も分からないのだ。もっと真剣にエンデングノートに取り組もう。他人事では無いのだ。

午後の風景

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ