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午後の風景

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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そして、今ではすっかり気心の知れた同好の士となっている。これから本の話を肴に談論風発が始まる。これが退職後の醍醐味と言うものだろう。話は、いつも最近読んだ本の話から現在の政治や社会へと広がって行き、ジョッキーを二杯位飲み干した所でお開きとなる。
散会する頃には、心に溜まったものを吐き出したような新鮮な気持になっている。後から考えると他愛もないことで盛り上がったな、と思えることでも、これが心地よい気分転換になっているのだ。
このような形で付き合える人が、女性も含めて十人位となった。
お昼の時間帯に喫茶店で出会えば、ランチを食べコーヒーを飲みながらの談笑になる。今日もお昼には、斉藤と佐々木との両女史一緒にランチを食べた。
ここでビールを飲み家に帰れば、後は夕餉の時間を待つだけだ。
これが退職して三年目の福田の生活だ。
会社を辞めた当初は、それまでの生活のリズムと大きく変わり、違和感があった。また女房と一日顔を突き合わせていると、些細なことで言い争いになることもあった。
そして会社を辞めた時に先輩からの「家に閉じこもらないで外出すること」との忠告を噛みしめていた。不要な摩擦を避け、双方の精神的な負担を掛けないためには、その教えを実践する必要があった。
そして福田には、リタイァした時に心に決めたことがあった。それは健康の維持とボケ防止を、退職後の人生の目標、ライフワークにしようと決心したのである。
会社に勤めていた時は、労働法規に基づいて会社で全てやってくれた。
しかし、これからは、自分のことは自分でしなければならない。健康と体力の確保は、全て自己責任なのだ。
このようにして実践したのが朝の散歩だった。小一時間、万歩計を腰に自宅の周りを歩く。季節や気分によって歩くコースをいくつか作り、マンネリにならないように工夫した。俳句の真似事もしてみた。しかし、ただ歩くだけでは、やはり何となく詰まらない。
その内に、ふと目にしたポステングの仕事の募集に誘われてチラシ配布をやってみた。自宅の周りだと照れくさいので、少し離れたエリアを配らせてもらうようにした。これだと全部配るのに二時間位かかるが、良い運動になる。健康維持の目標に適うものである。しかもわずかだが、収入が得られる。図書館でできた仲間とのランチや飲み代や孫へのお小使いを捻出することが出来る。妻に頭を下げて、お金を貰うような屈辱を味わらないで済むのだ。
次にボケ防止。そのために足を運ぶようにしたのが図書館だ。福田の興味のある歴史関係のコーナーを見回してみると予想以上に蔵書が充実している。それも公的な機関である図書館の視点で選別された本が並んでいる。一般の本屋では、今は売られていないような本もあるし、少々専門的すぎて、とても個人では買ってまで読もうとは考えないような種類の本も揃っている。そのような本がジャンル毎に分類されて書架に並んでいる。日本の歴史の本を見ていて疑問に思った技術的なことや海外の歴史等を別のコーナーから資料を探し出して、調べ上げる楽しみもある。

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