テーマ:一人暮らし

想い綴る日々

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 「アキちゃん。おばあちゃんはね、アキちゃんの好きなようにやってみたらいいと思うわ。私も長い間うちのアパートの大家をしてきたでしょ。だから沢山の一人暮らしの学生さん達を見てきたけれど、皆さん活きいきとしていて、アパートを出るころには一つ大人になった顔をしていたのよ。もちろん苦労することも山ほどあったと思うけど、きっとそれ以上に一人で暮らすっていうのは何事にも替え難い事なんじゃないかしら」
私の一人暮らしへの想いは、きっとおばあちゃんが思うほど大層なものじゃなくて、少しだけ恥ずかしくなったけど、応援してくれるというおばあちゃんの言葉はすごく嬉しかった。
 そんなおばあちゃんの後押しもあり、最後の壁であった父親もなんとか口説き落とした私は、お世辞にも得意とは言えない勉学に必死で勤しみ、何とかその憧れへの切符を掴んだのであった。しかし、もうその時にはおばあちゃんに吉報を伝える事はできなくなっていた。意識の無いおばあちゃんに合格したことを伝えた時は、なんだか喜んでいてくれているように見えてちょっとだけ泣いた。一人暮らしで成長した私のことをおばあちゃんに見せてあげたかったなぁ、ダンボールの中のものを一つひとつ慎重に取り出しているうちにそんなことを思い出していた。古ぼけたアクセサリーボックスや、古そうな割に小奇麗なままの万華鏡、茶けた手紙の束など、おばあちゃんにとってどんな思い出かはわからないけれど、大切そうに金庫にしまってあったそれらは、きっとかけがえのないものであったのだろう。
 ふと、一冊の古い大学ノートが目に入った。茶色に変色したその表紙には古い日付が書かれている。三十年以上昔の日付だった。何気なく表紙をめくってみると、一枚目を飛ばした次のページの一行目から力強い文字が書いてあった。


81/3/27
本日から一人暮らしが始まる。期待もあり、不安もある。気を引き締めようと思う。


 なにこれ、日記?内容から見ておばあちゃんのものではないと思うが、だとしたら一体誰の日記帳だろうか。

81/3/30
自炊をしてみた。炊事はお袋にまかせっきりだった事が身に染みた。割と上手くできた方だとは思うが、お袋の味噌汁の味とは違う。もっと作り方を詳しく聞いておくべきだった。
81/4/5
大学の入学式。学舎や風景などを式の後に写真に収める。やはり親父の形見のカメラを持ってきて正解だった。お袋に写真を送ってやろうと思う。

想い綴る日々

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