テーマ:一人暮らし

某国四年史(下巻)

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 これは、大学入学当初、まだ自分が量産型大学生になれると思い込んでいた私の経験に基づいて作られた罠であり、その恐ろしさは身をもって知っている。一人暮らしを始めたばかりの私は浮かれていた。月5万円もの大金を自由に使える自分の貴族的状況に浮かれていた。浮かれていたが無趣味な私はお金を使う先がなかった。仕方がないので食に着地した。私は業者のようにお菓子を買い込んだ。そして、スーパーで買い溜めたポテトチップスWコンソメパンチファミリーパックとカントリーマアムファミリーパックをファミリーでもないのにファミリー以上の速度で消費してしまった結果、弟子入りしたての力士のようなスピードで肥大化してしまったのだった。決してガリガリではなかったが絶対に太ってはいなかった中肉中背やや痩せ気味だった私の体重はいまや90キロ。最近巨乳の気持ちがわかるようになってきた。実家にいた時の食べっぷりからすると、母がこの罠を抜け出せる可能性は極めて低い。

 万が一その極めて低い可能性の壁を飛び越えたとしても、待ち構えるのは二つ目の罠。カロリーとカロリーのダブルパンチによって丸くなった体でなんとか階段を登り切った先で辿り着いた部屋は、またしても圧倒的に快適な温度。重い体を酷使した結果疲れ切ってしまった母は、部屋の中央に据えられた一人用ソファーに座らざるを得ない。一息ついた母は部屋一面をぐるりと囲む棚に気づく。棚の中には洋画に邦画、アニメに実写。古今東西の名作映画が無限に入っている。真正面にはプロジェクター。音響はもちろん5.1CH。ここで母は歴史と向き合う。名作映画は過去にも未来にも無数に存在し、それに比べて人の一生はあまりにも短い。ソファーの横の小机から無限に現れるキンキンに冷えた瓶コーラを飲みながら、スクリーンの世界で余生を過ごすことになるのだ。

 これも私の過去から生み出された悪魔の空間だ。大学生活にも慣れてきた1回生の8月上旬、その日も私は線形代数の授業を思想信条上の理由で颯爽とサボり、川端通りを北上していた。そこで出会ってしまった激安レンタルビデオショップが私の大学生活を半分終わらせたと言っても過言ではない。あまりにも暑い、いや熱い、京都の夏に殺されそうになった私は、ただクーラーだけを欲してその店に入った。しかし驚異的に気の弱い私は何もせずにお店を出るということができず、1本のビデオを借りた。いや借りてしまった。そのビデオの名前はバックトゥーザフーチャー。当時映画に興味のなかった私は「なんとなく聞いたことがある」という理由だけで悪魔的作品を選んでしまった。そしてこの超名作映画は私をめくるめく映画の世界に引きずり込んだ。その後学校で私の姿を見た者はいない。

某国四年史(下巻)

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