耳毛の顛末
で、耳かきをしてもらったついでに耳の毛もカットしてもらったと?
うん。
借りて来た仔犬のように夫はぶんぶん首を縦に振る。
連れて行ってよ。
え? 今度は豆鉄砲をくらった鳩のような目をする。
私もその耳かきのお店とやらに連れて行ってと言ってるの。ああ、いや、でも女性が行くお店なのかなぁ。だってイヤらしいお店ではないんでしょ、問題ないじゃない。そりゃそうだけど、お金がかかることですし。いくらかかるのよ。ええと、一人5000円くらいだったような……。それだったらあなた、二人分くらい払えるでしょ。僕が! 当たり前でしょ、なんで私が払わなきゃいけないのよ。
そして夫はおあずけを喰らったシーズーのような顔をして、分かりましたとつぶやくのだった。事が露呈してなお浮気を続けられるような性格ではないと分かっているから放置したっていいのだけれど、せっかくだから夫がどこまでこの嘘をつき通すのか、じっくり見させてもらおう。
決戦は金曜の19時ということになった。待ち合わせは新橋のSL広場。夫は浜松町の勤め先から直接、私は金曜土曜が休みなので自宅から向かう。そう言えばこんな風に待ち合わせをするのなんて、ずいぶん久しぶりのような気がする。冴えないサラリーマンの群れのなかに夫の姿を発見する。妙にしょぼくれている。これからこの男と耳かきのお店に行くのかと思うと、こちらまでしょぼくれた気持になってしまう。
駅から歩いて10分ほど、人通りの絶えた路地裏に看板が出ていた。階段を上がり、薄汚れた暖簾をくぐると受付がある。二人一緒に入るのは何だか変な気がするから、たまたま同じタイミングで店に入ってしまった他人同士を装おうと事前に決めていた。私は少し後ろから、受付をする夫を観察する。
慣れているというほどのものでもないが、初めてではなさそうな気がする。だから浮気の疑惑が消えるわけではないが、まるっきりの嘘という訳でもなさそうである。受付を済ませた夫はちらっとこちらを見て、すぐに目を伏せて、通路の奥へと歩いて行った。残された私は、笑顔をつくろって受付の若い男の前に立つ。相手は珍しそうな顔をしている。やはり女性が来るところではないのかもしれない。
前払いで3500円。夫はこの点、嘘をついていた。少し高めに設定しておけば私が尻込みするとでも思ったのだろうか。3500円も5000円もたいして変わりはしない。なんと浅ましい。差額はあとで徴収しよう。
耳毛の顛末