隣は何をする人ぞ
でも言えない。
これはただの推測だからだ。
停電が誰かの仕業かどうかなんてわからないし、吉村が泥棒だという証拠もどこにもない。
確認するとしたら方法はただひとつ、何か理由をつけてダッシュで部屋へ戻り、犯行現場を押さえるしかないが、部屋に戻るためのうまい理由が思いつけない。
トイレに行きたくなったことにしようか。だが部屋に戻って本当に吉村と鉢合わせになったらしゃれにならない。一対一で勝ち目はあるか、いやその前に吉村が一人とは限らない。仲間と一緒の可能性もある。何か武器を持っているかもしれない。
「あ、カギ」
兵頭がごそごそ自分のポケットを探りながら唸った。
「持ってねーわ、俺」
持っていない。そう。そうだよね。こういう場合、普通そうなりますよね?ぼくは同情とシンパシーを込めて目の前にある兵頭の坊主頭をじっと見る。
どうします? 今頃、泥棒が(あるいは吉村が)あなたやぼくの部屋に入って物色真っ最中かもしれませんよ?
言おうか言わまいか、考えている間に別の考えが浮かぶ。
待てよ。兵頭はカギを忘れてきたんじゃなくて、最初から持っていない、という可能性もあるんじゃないか?
「あ、じゃあ僕が」
サラリーマンがじゃらじゃらキーホルダーのついたカギを出して入り口のドアを開ける。ということはこのサラリーマンはこのマンションの住人だよな? よし。この人は本物、と認定しよう。
「よ、吉村さん、遅いですね」
探りを入れるために言ってみる。
「吉村さん?」
サラリーマンがカギをかばんにしまいながら首を傾げた。
「203に住んでいる人です。さっきまでいっしょだったんですが、懐中電灯を取りに行ってくれているんですよ」
にこやかに礼儀正しく兵頭が答える。ずいぶんスムーズにすらすらと答えるじゃないか。まるでセリフを読んでいるみたいだ。怪しい。用意されたセリフを暗記しているんじゃないのか? 兵頭の表情を暗がりの中で読み取ろうとするが、あまりにもあたりが暗すぎるし、見えたところで本心なのか演技なのか見極める力は残念ながらぼくにはないだろう。
「あーそうなんですか。僕、202なんですけど、そうですか、隣、吉村さんって人なんだ」
サラリーマンの発言に、びくっとする。え、隣なんですか?本当に203には吉村さんって人が住んでいるんですか?
「普段、全然顔を合わせないですもんね」
「そうですよね」
掲示板のある方へ向かいながらぼくは自分の部屋にダッシュで戻って「なにもかも無事」なことを確かめたくて仕方がなかった。
隣は何をする人ぞ