テーマ:お隣さん

隣は何をする人ぞ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 いやー、ぼくひとりだったら危なかったな。ぎりぎりセーフ。ぼくは平静を装いさりげなく歩調を緩め、二人を先に行かせた。
 二人の後ろを歩きながらほっとするのも束の間、もっとやばいことに気がつく。
カギを持っていない。ということは、家を開けっぱなしで出てきたということだ。
つまり、今現在、玄関は開けっ放しだ。わ、やべえ。
そう思った瞬間にもうひとつのことに気付く。
 もし、この停電が、泥棒の仕業だったら?
 
 突然真っ暗になれば、人は状況を把握するために外に出る。無防備に、玄関から外へ出てあたりを見る。緊急時だからまずカギはかけない。だって「ちょっとだけ」「様子を見るためにだけ」に外へ出たんだから。
 やばい。やばいぞ。
 今、こうしている間にも……そうだ、吉村とかいう男、怪しくはないか? 彼は自分の方から近寄って声をかけてきて、自分から、ひとり、部屋へ戻るとその場を離れた。考えてみたら戻ってくるのが遅すぎやしないか?
 今頃、吉村と名乗った男がぼくの部屋をひっかきまわしているかもしれない。貴重品、そうだ財布はどこに置いたっけ? あーだめだ、帰ってきたばかりのぼくは、かばんに財布を入れっぱなしだったような、いや、テーブルの上に鍵と一緒に財布を放り出したような気もする。ウェルカム泥棒、どうぞお取りくださいと言っているようなものじゃないか。血が逆流するような思いと共に どく、どくどく、心臓の音が大きくなり、脈拍が早くなるのを感じた。
 いや、落ち着け。僕の部屋が何号室かなんてわからない……ああっ、教えたぞ。最初の自己紹介で「506の長谷川です」って言っちゃったよ!
「あああああー」
 叫びながら思わず両手を髪に突っこんでわしゃわしゃかき混ぜると「どうしました?」とサラリーマンと兵頭が振り返った。
「いや、ぼく、ビールを開けたまま出てきちゃったことを思い出したんです。もうぬるくなってぬけちゃってますよね、きっと」
 開けたままなのはビールじゃなくて、玄関だよ! そう叫びそうになるのをこらえて「はははははは」と乾いた笑い声をたてたぼくに二人は無言でドアに向き直った。
 なんだこいつ、変な奴。この大変な時にビールの心配かよ、そんな思いがにじみ出る二人の背中に向かって「違うんですよ。この停電、変だと思いませんか? ひょっとして誰かに仕組まれたものかもしれませんよ? 」と言いたい、もしそうならやばいことになっているかもしれません、と教えたい。

隣は何をする人ぞ

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