隣は何をする人ぞ
世の中便利になった。おかげで料理なんてできなくても生きていける。
さあ今日はどれにしよう。いそいそと電子レンジに冷凍食品を押し込んで「五分でごはん、今日はエスニック~」と鼻歌交じりにビールを取り出しプシリと開け「くーっ、たまらんね」と一口飲み、彩鮮やかでスパイシーなメキシカンピラフとラタトュウユの冷凍お弁当が電子レンジで温まるのを待っていた、その時だった。
ぱしん。
突然、あたりが暗くなった。
「え、え、マジ?」
缶ビールを持ったまま「もしかして、停電? 」とつぶやく。
雨も降っていない、雷も鳴っていないのに、停電なんてあり得ない。でもこの状況、どう考えたって停電だ。
どうして? なんで? 何が起こったんだ?
暗がりの中、小さなベランダへ出てあたりを見回した。
街灯の光。信号機。斜め下の家。少し離れた場所のマンション。
「あかり……ついているな」
振り返って自分の部屋を見る。黙ったままの電子レンジ、光の消えた冷蔵庫、部屋の中はひっそりと暗いままだ。
この停電は、ぼくの部屋だけなのか?
不安になって首を伸ばし、右隣と左隣の部屋を覗いてみた。両隣は真っ暗だ。しかし停電のせいなのか単に留守なのかはわからない。
「ブレーカが落ちたのか?まさか。電子レンジぐらいで落ちるわけないよな。なんだよどういうことだよ、だれか説明してくれよ。ぼくの夕ご飯をどうしてくれるんだよ」
この不安を誰かと分かち合いたい、自分一人だけではないと安心したい。その一心で短パンによれよれのTシャツという姿のまま玄関から廊下へ出た。
ああ、思えばこれが悲劇の始まりだった。
でも、こんな場合誰だって、きっとぼくと同じ行動をとるはずだ。そうだろう?
予想通り、マンションの廊下は暗かった。
しかし周囲の家の窓は「は? 停電? うち、関係ありませんけど」という感じでぺかんと明るい。どういうことだ。どうしてうちのマンションだけが停電になっているんだ。目を凝らして上の階、下の階、首を回して確認するもやはり真っ暗、部屋も廊下も明かりはついていない。
納得がいかない。原因は何だ? 復旧はされるのか? どうしてこんなに静かなんだ。なぜ誰も出てこない。このマンションには誰もいないのか? 押し寄せる不安と疑問でぼくは部屋に戻れなくなった。
誰かいませんかあ、と大声で叫びたい気持ちを押し殺しながら未練がましくきょろきょろしていると、同じ階の端で廊下の手すりから身を乗り出している黒い人影に気がついた。同志発見、と心強い気持ちで見つめれば、向こうもぼくに気がついたようでお互い軽く頭を下げる。良かった! 同志! と駆け寄って固い握手をしたいところだがびっくりされても困る。ほっとした気持ちを隠してここは落ち着いた大人のふりをする。
隣は何をする人ぞ