テーマ:ご当地物語 / 鳥取県鳥取市

あのころを追い越すまで

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「彦根……ああ、ひこにゃんのとこか!」
 彼が嬉しそうに声を上げるので、私は少しだけ苦笑いを浮かべた。そうか。今はやはり、アレが有名か。確かにあのマスコットのおかげで、日本における彦根の知名度は随分と上がった気がする。
 男の子と話をしながら一休みできるお店を探したのだが、大通り沿いの喫茶店はどこも満員で一時間以上も待たないといけない状況だった。仕方なく、私と彼は通り沿いの屋台からラムネを二本買うと、鳥取市内の中心を流れる袋川の土手沿いに移動して、川岸まで降りることが出来るコンクリートの階段に並んで腰を下ろした。ラムネの封を切り、瓶の口に詰まったラムネ玉を、玉押しを使って中に押し込む。一気に音を立ててあふれ出す甘い泡を、私と男の子は溢れる前に急いで口にする。歩き回ってカラカラに乾いていた喉元が、炭酸の冷たい刺激と共に潤された。
「ああ、おいしい。何年ぶりかしら」
「お酒飲めるなら、ビールとかそっち方面じゃないんですか」
「それはそれ。これはこれよ」
「なるほど。で、お姉さんの悩みって、なんなんですか」
 このまま大人と子供のジェネレーションギャップネタで誤魔化そうかと考えていたところ、男の子から先手を打たれてしまった。私は自分のこめかみのあたりをポリポリと指で掻きながら、さてどうしたものかと悩んでいた。
 と、そのとき。ふと、川の向こう岸に、一人の見知った人物を見つけた。
 この祭りに一緒に来てくれた、友達の姿だった。その隣には、背の高い眼鏡を掛けた男性の姿がある。彼女のまぶしい笑顔が、離れた場所にいる私からでもはっきりと見えた。仲睦まじい、という言葉がぴったりだ。
 そして私は、ほんの二ヶ月前まで付き合っていた、ある男性のことを思い出していた。
 前述した通り、私の出身は滋賀県彦根市なのだが、実は最初の配属は長野県で、計算すると七年近くも住んでいたことになる。そこに住み始めて四年ほど経過した後、友人の紹介である男性と付き合うことになった。三年ほど交際期間を経て、はい、そろそろ結婚も……と思っていたその矢先、なんと転勤が決まった。恋人からは、会社を辞めてくれないか、と言われた。
 だが。結局、私は辞めなかった。別に今の仕事に固執していたわけではなかったが、どうにも結婚のために会社を変える気になれず、ただ素直に辞令に従った。結果、見事その男性とは別れることになる。当然の結果だが、自業自得以上の何でもない。

あのころを追い越すまで

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