テーマ:ご当地物語 / 鳥取県鳥取市

あのころを追い越すまで

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「お姉さん、仕事、好きなんですか」
「え?」
 それを聞かれたとき、私は次の言葉が出てこず、すぐに返事が出来なかった。
 正直に言って、今の仕事は、好きでも嫌いでもなかった。いや、そもそもそういう視点で今の会社に就職を決めたわけでもなければ、その前の段階である大学への進学だって、明確な志望動機があったわけではなかった。
 私はただ、自分に出来ることを精一杯やってきただけだ。大学の進学先は、比較的点数がよかった科目と全体の総合点数から志望先を選んだ。就職先の決め方も、卒業論文の研究に近い分野を中心に何社も受けた結果、今の会社から内定を貰った。
 それに、仕事だけではない。私には、これといった趣味がない。オシャレに興味はあるし、一丁前に恋人だって作ったりもする。しかし、それだけだ。その先がない。
 その結果が、今の私か。
「……お姉さん、お姉さん。その、大丈夫ですか」
 え、と気がつき私は顔を上げる。意識が飛んでいたらしい。隣にいる男の子が少し心配そうにこちらを見ていた。
「ああ、ごめん。その、色々考えていた」
「仕事の話、聞いちゃまずかったですか」
「いや、そんなことは無いわよ。ただ、そのね。ちょっと今、色々と悩んでいることがあって」
「悩み?」
 言ったあとで、しまった、と思った、こんな話、未来ある中学生にすることではない。
「ああ、その。こういう話はやめましょうか。大人の女の愚痴なんて、聞きたくないでしょ」
「ダメですよ。こっちばっかり恥ずかしい思いをしてるんですから。ちょっとくらい話してください」
 男の子が、私の方を冷ややかな目で見てくる。そういう顔をされてしまっては、私も話すしかない。それに、どことなく話したい気分でもあった。
「じゃあ、とりあえず移動しましょうか。暑いですし、何か買ってあげますよ」
 そう言って私はベンチから立ち上がると、男の子も合わせて腰を上げ、二人並んで歩き出した。

 人ごみの中、私たちはゆっくりと足を進めた。男の子はいかにも歩きづらそうだったが、ちゃんと隣に並んでいる。彼と比較して私の方が落ち着いた柄の浴衣で、さらに身長も似たり寄ったりなので、姉妹に見られてもおかしくない。それを言ってしまうと、隣の彼が口をへの字にするのは間違いなかったので、喋りたかったが黙っておくことにした。
「そういえば、お姉さんって、どこの学校に通ってたんですか」
「ん? ああ、私は鳥取の出身じゃないよ。私は滋賀の生まれ。琵琶湖の東側、彦根市ってところ。結構、この街と雰囲気は似ていると思うわよ」

あのころを追い越すまで

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