テーマ:一人暮らし

9階から見える景色

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「……そんなにうちは仲良くないから」
「そう?」
さらりと流す千恵子の箸の使い方は、とても優雅で女性らしかった。

千恵子にまで「おねぇちゃん」と言われ、もやもやとした気持ちを抱きながら帰宅すると、エレベーターの中に「騒音にご配慮ください」との張り紙が張られていた。今までそんなものは見たことがなかったので少し違和感を抱く。迷惑な人がいるのかな? と半ば他人事でその張り紙を見ていた。
エレベーターを降り、部屋に向かう。不穏な音が徐々に大きくなっていく。自分の部屋の前に着いたとき、なぜかドアの向こうから大音量の音楽が聴こえていることに慄いた。その、気持ち悪いくらい聞き覚えのある音楽に一気に血の気が失せる。
とりあえず、周囲の住民に見られていないか辺りを見回し、素早くドアを開け、素早中に入る。まるで忍者か泥棒だ。
中に入ると、リビングの可愛らしいピンクのオーディオが可愛さの欠片も無い音楽を大音量で流しているのが見えた。小さな体で喚かなくてはいけない姿が実に哀れだ。
キッチンには平気な顔で鼻唄を歌い、何やら料理をしている弟。妙に可愛らしいエプロンを付けていることまでも憎らしい。私はわざとドカドカと足音を立ててその真後ろを通り抜け、オーディオの目の前へ。ブチっ、と突き指しそうな勢いで電源ボタンを押し、その不愉快な音楽を怒りに任せて止めた。
やっと訪れた静寂。そのはずなのに耳がボワボワする。多分、あの大音量のせいだ。
「あ、ねぇちゃん、お帰り」
何事も無かったかのように私に笑いかける弟に更に腹が立つ。
「ここは実家じゃないんだから! ご近所に迷惑だとか分かんないの? この、スポンジ脳味噌!」
「ハハッ。スポンジじゃねぇし」
自分の頭を撫でながらへらへら笑う弟に、益々腹が立つ。胃腸が怒りの体温でソテーになってしまいそうだった。
「さっさと帰れ! 居候‼」
怒りにまかせて本心が口から飛び出す。すると、弟は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をして「えー?」と不満気な声を出していた。
「ちゃんと俺、家事してんじゃん。今日だって料理してっし」
「それとこれとは関係ないわ! 近所迷惑になる奴はホント帰れ! 通報するぞ!」
「何それ? ひっでぇ……実の姉と思えねぇ……」
いかにも私が悪者みたいな言い方に胸がチクチクする。こういう言葉を今まで何回受けて来た事か。『オネェちゃんでしょ?』『3つも年が違うんだから』そう言われたのは、誰からだったか?

9階から見える景色

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